公益財団法人トヨタ財団

Overview-50年の歩み-では、トヨタ財団の過去50年間の助成プログラムの歴史を、狙いと考え方の変化そして背景となる時代状況を踏まえて、4つの期間に分けてご紹介します。


〈第1期1974年~1997年〉 -創設とそれに引き続く時期-

豊田英二初代理事長が企業の社会貢献活動について整理した直筆メモ。トヨタ財団は「自主性ある助成財団」と位置付けられています。
豊田英二初代理事長が企業の社会貢献活動について整理した直筆メモ。トヨタ財団は「自主性ある助成財団」と位置付けられています。

トヨタ財団は「人間のより一層の幸せを目指し」という志を基に、今から50年前、1974年にトヨタ自動車工業株式会社およびトヨタ自動車販売株式会社(後に合併してトヨタ自動車株式会社)からの出捐を受けて設立されました。設立趣意書が、「世界的視野に立ち、しかも長期的かつ幅広く社会活動に寄与する」ことを目指す、と述べているようにトヨタ財団は当初から国際的な助成活動を意図すると共に、社会的活動に対する助成も視野に入れていました。このような制度設計は、50年前の日本の民間助成財団にとっては革新的なことです。

この時期、日本の経済成長は国内的にも国際的にも大きな勢いを持っていました。その一方、急激に進出してくる日本の経済力にたいして、隣人である東南アジアの人々の間に反感が生まれ、反日暴動を引き起こすことともなります。また、経済成長の反動として、日本国内の環境問題も深刻なものとなり、それに取り組む動きも市民の中に芽生えていました。このような社会課題に助成プログラムを介して取り組むことが、創設間もないトヨタ財団の問題意識となります。

これを踏まえて、実施されたのが、次のような代表的助成プログラムです。まず東南アジア諸国に向けた国際部門助成(実施期間:1976~2004)が挙げられます。このプログラムは、東南アジアの地元社会の伝統文化の研究や保存活動に主に焦点を当てていました。日本の民間助成財団による初めての本格的な海外での助成活動でもあります。このプログラムからは、後に若手研究者キャパシティ・ビルディングのプログラム、現地研究者による東南アジア研究を支援する SEASREP などのプログラムが派生することとなります。

1977年贈呈式懇親会にて豊田英二理事長(左)と加藤誠之理事。
1977年贈呈式懇親会にて豊田英二理事長(左)と加藤誠之理事。

次に挙げられるのが市民活動助成(実施期間:1988~2003)です。近隣の環境問題などに取り組む、市民の活動に対して助成を行うという枠組みです。それまでのほとんどの日本の民間助成財団は、デフォルトとして大学研究者を対象とした研究助成を実施してきました。これに比べると、市民団体による 活動に助成を行うという意味で、この助成プログラムはコンセプトの上で飛躍を遂げています。この飛躍が生み出した勢いが、多数のボランティアが被災者支援のために参集した1995年の阪神淡路大震災を経て、市民活動を行う団体が法人格を取得できる特定非営利活動促進法(通称NPO法)の制定へとつながっていきます。これにより、市民活動を行う団体の社会的な地位を確立されることとなりました。

また、この時期には、ベルリンの壁崩壊(1989年)によって、長期間にわたって国際社会を緊張させた東西冷戦が終わりました。これによって、世界各地の共産主義政権や独裁政権の多くが解体し、民主化、自由化が大幅に進展します。グローバル化の時代の到来です。このような時代背景のもとに、研究助成「多元価値社会の創造」(実施期間:1994~2004)では、国家が強権的に統治する体制に代わって、市民層が積極的に参加して運営する開放的な社会というビジョンが提示されているのが印象的です。

〈第2期1998年~2010年〉-課題解決による公益への貢献-

《国鉄士幌線跡 鉄路再現事業のための調査》[D02-K-256]。北海道の大雪山国立公園内の豊かな自然を背景に、バリアフリーでトロッコの運転を楽しめるように計画。
「国鉄士幌線跡 鉄路再現事業のための調査」[D02-K-256このリンクは別ウィンドウで開きます]。北海道の大雪山国立公園内の豊かな自然を背景に、バリアフリーでトロッコの運転を楽しめるように計画。

冷戦の終結、世界規模での民主化の進展など楽観的な空気が漂っていた1990年代ですが、その終わりに向けて大きな衝撃が襲うこととなります。1997年にタイから始まりアジア全域を襲ったアジア金融危機です。これに引き続き、日本でも金融危機が勃発しました。この一連の危機は1990年代の初めまで、圧倒的な勢いで経済成長を続けてきた日本にとっての大きな転機となります。停滞の時期の始まりです。

この停滞の中、日本の地域社会の疲弊が徐々に顕著なものとなっていきます。それまで、トヨタ財団の助成はアジア地域を視野に入れた国際的な活動や大都市を中心とする市民層の活動を主な対象としてきました。が、この時期から地域社会とその課題に焦点を当てるようになっていきます。それと共に時代の要請として、助成プログラムの狙いにおいても明確な課題解決が強調されます。この変化は、それまでトヨタ財団が実施してきたローカルな伝統文化の保存、国際的な研究交流の促進、市民活動の奨励といった穏和なコンセプトとは志向するものが異なります。このため、助成プログラムの企画立案と運営に関しても、この時期は試行錯誤が多く見受けられました。その一方、2000年代初めから開始された公益法人制度改革が、民間助成財団を始めとする非営利法人が公益に対してはっきりと貢献することを求めたことは、課題解決に取り組む流れを後押しすることとなります。

合鴨農法。バングラデシュ
「合鴨農法を取り入れた住民参加手法を通してのバングラデシュの地域の生活改善」[D09-N-230このリンクは別ウィンドウで開きます]。

この期間に実施された主な助成プログラムは次のようなものです。

地域社会プログラム(実施期間:2004~2011)は、都市部の市民層の活動から距離を置き、疲弊しつつある日本の地域社会とその課題解決に焦点を当てた点が画期的です。現行のトヨタ財団国内助成プログラムの出発点となります。

次に、アジア隣人プログラム(実施期間:2009~2012)を挙げることができます。このプログラムは、アジアのコミュニティが抱える課題解決に取り組む実践型のプロジェクト支援を目指しています。

また、研究助成「くらしといのちの豊かさを求めて-『グローバル化のもとでの地域の活性化』」(実施期間:2008~2009)においては、社会性はあるが、基本的に基礎研究への助成という以前の研究助成の前提から脱却し、地域の活性化という応用性の高いテーマに取り組む課題解決型プロジェクトに対して助成するというスタイルを打ち出した点が特筆に値します。

このようにトヨタ財団は、助成プログラムの枠組みを紆余曲折を経ながらも課題解決というコンセプトを中心に組み立て直してきました。が、時代の変化の流れは時にして劇的なものとなります。2009年には国際社会を最大級の金融危機であるリーマン・ショックが直撃しました。これに伴う国際秩序の流動化とともに、アジアにおける日本の地位も変化し、トヨタ財団の国際的な活動もその影響を受けることとなります。

〈第3期2011年~2016年〉-東日本大震災の発災とその後-

シンガポールの障がい者とプロジェクトメンバーの1コマ。
「アジアの高齢化と外国人ケア従事者に関する実態および問題点の検討―ケアコンピテンツ・国際人材育成制度の確立に向けて」[D13-N-0086このリンクは別ウィンドウで開きます]。シンガポールの障がい者とプロジェクトメンバーの1コマ。

リーマン・ショックの余波が鎮まる前に、引き続いて東日本大震災が発災します(2011年)。被災者の方々への支援に向けて、トヨタ財団は東日本大震災特定課題(実施期間:2011~2017)による助成を開始しました。被災者への緊急支援から出発し、復興公営住宅でのコミュニティ形成までの 復興過程をフォローすることとなります。東日本大震災特定課題は、大規模な自然災害の被災者への支援という視点がトヨタ財団に初めて導入されたことでも一つの時代を画するものでした。

この時期、停滞を続ける日本経済とは対照的に、アジア諸国の経済成長は勢いを増していきます。それまでのアジアにおける日本の圧倒的な優位はもはや存在しません。この結果として、国際プログラムの方向性にも大きな見直しが行われます。新たに導入された国際助成プログラム(実施期間:2013~現在)は、さまざまな社会課題の解決に向けた、アジア諸国と日本の実践家などの関係者による現場での相互学習に対して助成をするという枠組みとなっています。日本とアジア諸国を、かつての「援助する日本」と「援助されるアジア諸国」という上下関係ではなく、フラットな関係においた点が斬新と言えます。

しかし、この前後から、国際社会からは冷戦終結後のような明るい雰囲気は消えていきます。リーマン・ショックを分水嶺として、貧困などのグローバル化の負の側面が先進国においても顕著になっていきます。このため、英国 EU 離脱(2016)年のような、グローバル化を逆回転させるような出来事の引き金が引かれます。日本においても、少子高齢化の問題が本格化し、将来の混迷感が高まってきます。

「カイケツ」キックオフシンポジウムのパネルディスカッション。
2016年3月に開催されたトヨタNPOカレッジ「カイケツ」このリンクは別ウィンドウで開きますキックオフシンポジウムのパネルディスカッション。左から森 摂(オルタナ代表取締役兼編集長)、木村真樹(あいちコミュニティ財団 代表理事)、古谷健夫(トヨタ自動車 業務品質改善部主査)、山元圭太(PubliCo代表取締役COO)。

このような社会状況の中で、発足した研究助成「社会の新たな価値の創出をめざして」(2014~2019)は、社会課題解決に向けての基本的な考え方や方法論の探求に対して助成を行うというものです。冷戦終結直後に実施された研究助成「多元価値社会の創造」が、来るべき社会のマクロなイメージをはっきりと示していたのに対して、社会課題解決に必要なミクロな知恵を丹念に収集するという切り口に変化しているのが特徴的と言えます。

併せて、特筆に値するのがトヨタ NPO カレッジ「カイケツ」(実施期間:2016~現在)です。これは、助成対象となった非営利団体がインパクトを持つ成果を作り出す一助として、トヨタ自動車で蓄積された「問題解決」の手法を学んでいただくことを目的とした講座です。現在、日本の助成団体の間で、助成金による支援に加えて「非資金型支援」と呼ばれる様々なノウハウの学習や共有による支援が重視されるようになっています。その先駆的な枠組みと言えます。


〈第4期2017年~現在〉 -新たな社会システムにむけて-

パルロ(Fujiソフト)「ハチ」と会話するゲスト。西東京市の高齢者施設にて(撮影:岡本佳美。提供:尾林和子)。
「介護ロボットの社会実装モデルに関する国際共同研究~人・ロボット共創型医療・介護包括システムの構築に向けて~ 」[D18-ST-0005このリンクは別ウィンドウで開きます]。パルロ(Fujiソフト)「ハチ」と会話するゲスト。西東京市の高齢者施設にて(撮影:岡本佳美。提供:尾林和子)。

この時期にも、COVID-19危機にさらされながらも、トヨタ財団は新たなチャレンジに取り組んでいます。まず、特定課題という新たな助成枠組みが導入されたことが挙げられるでしょう。この枠組みの特徴は、助成によって解決すべき社会課題がシャープに絞り込まれていることにあります。このため、トヨタ財団の問題関心を鮮明に社会に対して発信することが可能です。現行の特定課題は次のようなものです。

・「先端技術と共創する新たな 人間社会」(実施期間:2018~)
・「外国人材の受け入れと日本社会」(実施期間:2019~)
・「人口減少と日本社会」(実施期間:2024~)

少子高齢化が引き起こしている労働力不足という日本社会の深刻な問題の解決に向けて、これらの特定課題が相乗効果を発揮して成果を生み出すことが期待されます。

次に、外部機関とはっきりとした協力関係を初めて組んだことです。研究助成・協働事業プログラム「つながりがデザインする未来の社会システム」(実施期間:2022~)において、社会システム変革に向けた研究に取り組む若手研究者の育成を目指すために、東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)とパートナーシップを組んでいます。研究者の育成という新たなチャレンジに向けて、IHIが培った知的なアセットや人的ネットワークが貢献してくださることが望まれます。

国内助成プログラムにおいては、「新常態における新たな着想に基づく自治型社会の推進」(実施期間:2021~)という新たな枠組みが立ち上がりました。地域社会での実践に関しても、ビッグデータやクラウド、データベースなどの 先端コミュニケーション技術 の積極的な活用を求めている点でポスト・COVID-19危機での社会像を展望している点が斬新です。

さらに、近年重視しているのが助成対象者の方々の間の人的ネットワークの形成を促進することです。助成対象者の方々による報告会、ワークショップ、意見交換会を積極的に開催しております。また、過去の助成対象者の方々の組織化も始まっております。助成対象者の方々の間でプロジェクトに関する情報が積極的に流通することにより、インパクトに富んだ成果が生み出され、社会に対し発信することが期待されます。(了)

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