公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

まちで次世代を育てる─くらしきになるエリアプラットフォーム

著者◉成清仁士(ノートルダム清心女子大学人間生活学科 准教授/NPO法人倉敷町家トラスト理事)

[助成プログラム]
2021年度 国内助成プログラム
[助成題目]
まちで次世代を育てる学びの拠点と仕組みづくり ―倉敷シティキャンパスプロジェクトこのリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
成清仁士(ノートルダム清心女子大学人間生活学科 准教授/NPO法人倉敷町家トラスト理事)

まちで次世代を育てる─くらしきになるエリアプラットフォーム

地域の問題とプロジェクトの目標

倉敷美観地区に隣接する鶴形山から倉敷駅側を望む。瓦屋根の奥に高層マンションやホテルが乱立する風景に、都市ビジョンの不在を考えさせられる場所。

歴史的町並みで知られる倉敷ですが、観光地の賑わいの一方で、実は地元の若者はあまり関心を示さない傾向があります。小学生の時に社会見学で訪れる機会があった人からも、成長とともに疎遠になったという声が聞かれました。

強い想いを持って町並みを継承してきた地域住民は高齢化し、保存地区と周辺の商店街では居住人口が減少しています。中心市街地全体ではマンション開発によって居住人口が横ばいですが、新旧住民の接点は多くなさそうです。そして、保存地区周辺エリアで空き家となった町家が解体されてマンションや駐車場になり、景観が変わってきている現状があります。「まちにあかりを灯す」を掲げて空き家の利活用や町家の残存調査に取り組んできたNPO法人倉敷町家トラスト(代表:中村泰典、2006年設立)では、都市ビジョンがない中心市街地の将来を10年以上憂いてきました。

しかし、そのような地域コミュニティが抱える問題意識は、地域外に住み訪れることも少ない若者には共有されづらい状況にあると考えました。そこで本プロジェクトでは、空き家や空き店舗の活用を通して若者と地域の接点をつくり、若者目線でまちを再発見してマップとして見える化することや、若者を交えて地域の将来ビジョンを描くエリアプラットフォームの構築を目指しました。

体制と方法

空き家の床張りワークショップの様子。趣旨に賛同していただいた大工の指導のもと、傷んだ畳敷きから板張りの床へ。なお、メインで使う部屋は畳敷きのまま残した。

本プロジェクトでは、NPO法人倉敷町家トラストとノートルダム清心女子大学成清ゼミ所属の学生が中心的な役割を担いました。そこに、地域おこし協力隊員や倉敷市まちづくり推進課職員が加わり、空き家や空き店舗の所有者とコミュニケーションを取りながら活動の積み重ねを行ってきました。空き家や空き店舗活用による新たな拠点づくりに取り組むとともに、若者と地域の接点をつくるための交流イベントを試行し、機会に適した場の活用を通して既存施設の活用可能性も確認していきました。

空き家や空き店舗の掃除や片付け、床張りや壁塗りワークショップなどを行ってきましたが、そこでは若者と地域住民の両方が参加できるように声かけや調整を行い、ワークショップの際には大工や左官などの専門家の指導を通して伝統的な技術に触れる機会もつくりました。振り返ってみると、それらは、まち・空き家・空き店舗での活動を通して世代を超えた対話と交流の機会をさまざまにつくってきたのだと思っています。

空き家については暫定的にNPO法人倉敷町家トラストの事務所兼交流拠点として活用し、さまざまな地域活動のミーティングや地域視察受け入れの拠点となっています。商店街空き店舗については実験的なイベント活用の準備段階も含めたプロセスの中で学生が物件所有者や商店街の店主との関係づくりを行いました。また、商店街近くの空き家活用にも取り組み、この空き家活用を目標に据えた若者主体の視察研修プログラムを実施しました。これは成清ゼミ所属の学生時代に本プロジェクトに参加した若手人材発案によるもので、若者と地域をつなぐ新たなコミュニティに育っていくことが期待されます。

HUL(歴史的都市景観)日蘭意見交換会の様子。エラスムス大学Remco Vermeulen氏とオランダ大使館Jinna Smit氏が来倉。オランダ政府歴史遺産庁Jean-Paul Corten博士もオランダからオンライン参加。

ミーティングや情報交換のイベントについては対面とオンラインを併用し、地域外に居住する若者の参加のハードルを下げました。また、NPO法人全国町並み保存連盟やオランダ政府歴史遺産庁、エラスムス大学ロッテルダム住宅都市開発研究所、在日本オランダ大使館、(一社)UDCイニシアチブなど国内外の専門家を交えた議論も行いました。これらの記録動画は大学授業などで教材として活用し、地域におけるまちづくり活動の状況を若者に広く伝えるのに役立てました。

マップ制作では、特に暮らしの視点から地域を再発見することを試みました。タイトルの「くらしきづくりまっぷ」には、「くらしき、きづく」「くらし、きづく」「くらしき、づくり」の意味が込められています。表面には立ち寄りスポットや観光地だけではない地域の見方をまち歩きルートとして紹介しています。裏面には昭和30年頃の地図と写真が掲載してあり、世代間交流のきっかけになることを狙っています。マップは主に探究活動の教材として、高校生や大学生に配布しています。

「くらしきづくりまっぷ」表面。若者と地域の接点とするため、タイトルや掲載情報、色味などに学生メンバーがこだわりを持って制作した。

地域課題を共有する次世代の発掘と育成、そのための機会と場をつくるプラットフォーム

プロジェクトを契機として起こった変化は、令和4年度国交省官民連携まちなか再生推進事業補助金(エリアプラットフォーム構築と都市ビジョン策定)の採択を受けて、2023年6月「くらしきになるエリアプラットフォーム」(代表:中村泰典)が設立されたことです。「くらしきになる」には、「暮らし、気になる」「倉敷になる」の意味が込められています。ここには、地域住民や金融機関、商店街、宿泊施設、学生や会社員、教員といったさまざまな立場の地域関係者らが構成員として加わっています。同年8月には高校生や大学生を対象としたユースセッションを初めて実施し、30名を超える参加者が集まりました。現在、令和5年度中に2067年未来ビジョンを策定することを目標に「くらしきになるミーティング」を重ねています。

私自身、先輩世代が守り育ててきたまちに学生時代から刺激を受け、まちづくりに関わるようになりました。まちが次世代を育て、さらに次世代へとバトンを受け継いでいくのだと思っています。本プロジェクトを通して地域関係者と若者を交えた意見交換の機会を持つ中で、若者は彼ら彼女らなりの視点と問題意識を持って対等に議論ができることがわかってきました。子ども扱いせずに、まちとの接点をつくって応援するための機会と場が必要です。本プロジェクトの成果を「くらしきになるエリアプラットフォーム」につなげて、まちで次世代を育てる環境づくりに引き続き取り組んでいきたいと思います。

店街近くにある空き家活用への提案を目標にした視察研修プログラムの一環で、柏の葉アーバンデザインセンターを訪問。他、栃木県栃木市や鳥取県鹿野町を訪れた。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.44掲載(加筆web版)
発行日:2024年1月25日

ページトップへ