公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

コロナ禍で拡大した若者の危険に対する脆弱性

著者◉ 永井陽右 (特定非営利活動法人アクセプト・インターナショナル)

[助成プログラム]
2020年度 国際助成プログラム
[助成題目]
インドネシアと日本の結び目がつくる若者のオンライン過激化防止のためのCIORプロジェクトこのリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
永井陽右 (特定非営利活動法人アクセプト・インターナショナル)

コロナ禍で拡大した若者の危険に対する脆弱性

インドネシアと日本の共同プロジェクト

インドネシアでは、年間約2500名がいわゆるテロ組織への参加を期して海外渡航し、過激主義に染まった若者が同国でのリスクとなっている。日本においても、政治的、宗教的な動機を背景とした単独犯による犯罪が生じている。かねてから、SNSにおけるテロ組織等のプロパガンダの影響や、過激なコンテンツに触れる中での自己過激化が指摘されてきたが、殊にコロナ禍にあっては、ロックダウン等による日常生活の制限、経済活動への打撃の中で、若者のスクリーンタイムの増加、社会からの孤立、将来への不安の増幅など、若者の脆弱性が高まっていた。こうした時代のニーズに応えるため、Collective Impact for Online Radicalization(CIOR)プロジェクトを実施した。

事業を主導する方針として、解決する課題に真摯に向き合うため、できる限り高い水準で、事業のアウトカムの定義、測定、評価、プロセスの透明化を実行することとした。また、多様性と事業の有効性の向上を期し、当法人の呼び掛けの下、「元テロリスト」の当事者が設立した非営利組織Gema Salam、ジャカルタの私立大学Jayabaya University、インドネシアの動画作成事業者Bagus氏、日本のプロ脚本家の萩谷氏など、両国から多くのアクターの参加を確保した。

2本の動画による若者へのメッセージ

専門家ヒアリング、国連決議や実証研究等の研究から、総じてカウンターナラティブ(CN)の効果には期待ができるが、その中身により効果に差が出るという仮説が導かれた。そこで、事業の中心的な活動として、テロ組織が流すプロパガンダやリクルートに対抗する物語となる動画の作成と発信を行った。

その後、CN作成のため、研究者や実務家を交え、オウム真理教や大量殺人事件などの日本の事例紹介を交えた研究発表を行った。そこでの議論を通じ、[1]暴力的過激主義に走る若者は共通して、彼ら自身や所属する集団が、社会から迫害されているという意識があること、[2]CNの効果はメッセージの運び手にも影響され、動画を視聴した若者の変化を促すために、彼らの周りにいる人を動かすことも重要であること、という2点の洞察を得た。

これらを元に、脚本家である萩谷氏と動画作成者のBagus氏と協働し、2本の動画を作成した。CIOR1は、SNSに没頭し、その過程でテロ組織に加担する危険性、家族等の大切なものを思い出すことによるレジリエンスを伝える内容であった。CIOR2は、自身を見つめ直すことで世界の見え方が変わることを示唆する内容であった。本動画をYouTubeに投稿し、CIOR1は530,859回再生、CIOR2は134,076回再生され、両国の過激化リスクが高い若者のべ約59万名へのリーチを達成した。

■ インドネシアと日本の若者を対象にしたランダム化比較試験
■ インドネシアと日本の若者を対象にしたランダム化比較試験

動画の効果については、両国の若者を対象にしたランダム化比較試験を実施した。自分の在り方について(自己表現、自己分析、自己修正)どのくらい大切に思うか尋ねる尺度を作成し、動画を視聴しない群(control)と、CIOR1、CIOR2を視聴した2群にそれぞれ実施してスコアを比較した。結果からは、いずれの動画も、自己表現(自分自身を表現して他人に伝えること)を大切に思う変化と、自己修正(善悪で自分を判断し、悪い自分を直すこと)を重視しなくなる変化を生むことが確認された。また、CIOR2のみ、自己客観視(自分の気持ちを切り離して客観的・分析的に見ること)を重視しなくなり、ありのままの自分の気持ちを大切にする変化を生むことが認められた。

成果と今後への展開

本事業の直接的な成果は、過激化防止につながるような態度変化をもたらすことが実証的に確認されたメッセージについて、約59万名の視聴者に届けた点である。事業の性質上、視聴者にもたらしたアウトカムの総量については、前述のとおり、一定の効果を示唆するエビデンスが得られている。また、波及的な効果として、参加者のキャパシティ及びパートナーシップの強化がある。オンライン過激化防止という社会課題の下、多様な領域のアクターを巻き込み、課題解決に向けた取り組みを行った。各人の振り返りを聞くと、本事業を通じ、各々の知見が引き出され、相互に学び合いが促進された点が伺われる。

さらに、本事業に続き、インドネシアの矯正職員への研修や、CIORの動画を活用した啓発活動の企画が生まれており、同国におけるテロを未然に防ぐための、更なるアクションが取られ始めている。
一方で、コロナ禍が収束した後も、若者の過激化は依然として問題視されており、彼らの社会復帰は困難な状況にある。特にインドネシアでは、テロ組織に加担した若者が、刑務所での服役後、更に政府や社会に不満を募らせ、再び組織に復帰するケースも報告されている。

またテロの脅威は、同国に加え周辺国にも影響をもたらすことが考えられる。そのため、当法人は本事業を通じて形成された同国での新たな取り組みを強化すると共に、最も脆弱な状況にある、すでにテロ組織に加担した若者へのアプローチを行う。加えて、当法人が活動する、紛争地であるソマリアやイエメンといった、更に脆弱性の高い地域にも、本事業で得た知見を波及させ、テロ・紛争の解決に向けた活動を今後も広げていく。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.44掲載(加筆web版)
発行日:2024年1月25日

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