公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

分子ロボット技術への期待と懸念を解き明かす

日本科学未来館にて
日本科学未来館にて

著者◉標葉隆馬(大阪大学社会技術共創研究センター)

[助成プログラム]
2019年度[特定課題]先端技術と共創する新たな人間社会
[助成題目]
分子ロボットロードマップ構想に向けた分野間・国際間共同研究このリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
標葉隆馬(大阪大学社会技術共創研究センター)

分子ロボット技術への期待と懸念を解き明かす

プロジェクトの意義

分子ロボット技術は、ロボットを構成する三つの要素である知覚・運動・計算を、DNAなどの生体素材を用いて自律的に機能する「ロボット」を作り出すことを目指した先端領域です。この分野は現在進行形で研究が進んでおり、幅広い応用が期待されはじめていますが、同時にそのような研究開発を「責任ある研究・イノベーション(RRI)」として行っていくための先駆的な模索が始まりつつあります。

このような中、本研究では、RRIの視点から分子ロボット技術の将来像を共創し、その道筋を形づくる実践的研究を行い、分子ロボット技術が幅広く社会に持ちうる影響についての未来のヴィジョンについて共創・提示することを目指しました。

そのため、本研究では、分子ロボットのポテンシャルを知悉している専門家やそうした技術によって影響を受けるかもしれない一般市民など、さまざまなアクターが抱く技術への期待の具現化と懸念の解消に向けて、インタビューや科学コミュニケーション実践を重ねることで明らかにすることを目指しました。そのプロセスを通じて、分子ロボットが将来持つ社会的なインパクトを相互対話の中で把握し、総合的に描き出すことを試みていきました。

未来館における科学コミュニケーション実践

パネル

本研究で行った研究の大きな要素の一つは、日本科学未来館における科学コミュニケーション実践とその過程を通じた、ボトムアップでの倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal, and Social Issues: ELSI)論点の抽出・共創・対話です。ここでは、日本科学未来館のオープンラボの場への応募を行った上で、二名の科学コミュニケーターによる多くの協力の下、2021年10月~2022年6月にかけて合計8日間にわたる科学コミュニケーションの実践活動を行いました(JST-RISTEXプロジェクトとの協働での実施となりました)。実践の中では、「コミュニケーションと対話支援のための説明パネルの作成」という形で対話ツール作成も行いました。この過程は、分子ロボティクス分野で実際に研究開発をしているJAMSTECの小宮健博士らのプロジェクトとも緊密な連携と参加を得ながら行われました。

その結果、研究者と一般の方々との対話のみならず、分子ロボット研究者とELSI研究者、そして各分野の研究者の内部でのコミュニケーションなども含めた多様な対話のデータの取得ができました。これらの実践では、文化人類学ならびにエスノメソドロジーを専門とする若手メンバーが対話のプロセスを参与観察し、そこでの対話の言説分析を積極的に行っています。たとえば、各パネルの間とシミュレータの前にビデオカメラを設置し、研究者と市民の科学コミュニケーションのやりとりを撮影し、相手の知識状態を推定するために相手が属している社会的カテゴリーを割り振るという実践がどのように行われているのかの調査・分析を実施しました。

そのような実践の中では、コミュニケーションそのものに加えて、そこから得られる示唆を研究者自身が振り返る対話もあり、RRIに基づく研究開発とコミュニケーションを考えるうえで貴重で示唆に富むやり取りに関する多くの記録をとることができました。そしてRRIに関わる当該実践自体をエスノグラフィするという新しい取り組み「RRIエスノグラフィ」もスタートすることになりました。

本研究における「つなぐ」の二つの意味

本研究プロジェクトの鍵となる要素には「つなぐ」という試みがあります。一つは、社会と分子ロボティクスをつなぐための対話の試行錯誤です。この試みは研究開発現場の科学者自身が社会的な議題の探索に参加し、それを元に分野の将来を洞察する機会の獲得となります。もう一つは先端科学技術領域の研究者とELSI研究者が研究開発の最初期の段階からつながりながら協働する実践であったということです。ELSI研究者も、残念ながら全員が最先端の研究開発の現場に知悉しているわけではありません。その中で、一つずつ相互理解を積み重ねながら、社会的議題の可視化を行っていくプロセスを経験していく契機となりました。

これらのプロセスを通じて、ボトムアップな対話を通じた将来ビジョンの作成に関する実践知とノウハウの蓄積、またELSIやRRIという研究実践自体をリアルタイムかつメタ的に省察する経験の獲得を行うことができたプロジェクトでした。

今後に向けた展開

3年間のプロジェクトでは、多くの対話のデータに加えて、関係者への継続的なインタビュー調査と継続的なミーティングの実施による分子ロボット技術に関するELSI/RRI議題に関わる言及の仕方と「語り」の抽出も行われてきました。現在は、これらのデータをまとめ論文として公表するための準備を進めています(一部は速報的な報告としてすでに公開しています)。またここで培った知見と経験をもとにした基礎研究ガイドライン案など、今後の社会的議論の構築に貢献しうるマテリアルの作成なども、研究開発の現場の方々との緊密なコミュニケーションの下で行っています。

もう一つの面白い展開は、いかにRRI実践は可能となるのかそのものを省察的に分析するRRIエスノグラフィの試み自体が始まったことだと思います。RRIという営みはいかにして構築されていくのか。またそこに集う関係者はどのようにRRIをとらえ、実践していくのか。今後、さらに詳細を明らかにしていきたいと思います。

本研究プロジェクトの後も、分子ロボット技術に関する科学コミュニケーションが継続的に行われています。小宮健博士らの取り組みを中心としたものであり、その中で本プロジェクト関係者も継続的に参加しながら、今回の蓄積をさらに拡大していく試みを行っています。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.44掲載(加筆web版)
発行日:2024年1月25日

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