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JOINT33号 インタビュー2「種としての人間だけでなく、さまざまな局面での多様性を」

JOINT33号+インタビュー+WEB特別版2高橋佑磨

聞き手:寺崎陽子(プログラムオフィサー)、加藤慶子(プログラムオフィサー)

[助成対象者]
高橋佑磨
[プロフィール]
千葉大学大学院理学研究院特任助教。2017年度研究助成プログラム「集団内の個性や多様性の機能 ─ モデル生物と生態ビッグデータを用いた検証 ─」助成対象者

※本ページの内容は広報誌『JOINT』に載せきれなかった情報を追加した拡大版です。

種としての人間だけでなく、さまざまな局面での多様性を

リッチではない方が多様性はいい方に働く?
──研究が順調に進んでいるとお聞きしましたが、改めて現状を教えていただけますか。
私の研究は、種内の多様性や個性が集団に対して、あるいは種に対してどんないい影響をもたらすのか、場合によっては悪い影響があるのかというのを調べるのが目的です。並行してやっていることが大きく分けて2つあります。1つはビッグデータという既存のデータベースを使って行う解析。それについてはすでに論文として出版されています。種内にいろいろな個性があると種の分布域が広くなる、つまり南から北まで幅広くなるとか、あるいは低い土地から高い土地まで幅広くいるということがわかってきました。あるいは絶滅しなくなるといったこともわかってきました。いろんな生き物、昆虫や爬虫類、両生類や鳥なども調べていますが、いずれも同じようなパターンが出てきます。

もう1つは、実際の生き物を使った実験生態学的な研究です。なぜ多様性があると繁栄するのかということをショウジョウバエを使って研究しています。具体的に一個体ずつを観察してどんなふうに相互作用であったり、ケンカしたりするのか、エサを奪い合うのかというのを調べたりしています。その結果、エサがなくて競争が厳しいような時には多様性があった方が争いが少なくなる。それによって繁栄しやすくなるということがわかってきたというのがいまの状況です。

最後に計画していたものは、実験的に本当に繁栄するのかというところまで調べてみようということで、多様性がある集団とない集団を作って、その集団がどれくらい大きくなるのか、しかもどれくらい短時間で大きくなるのかというのを調べる実験をしています。やはり多様性がある集団の方が早く集団が増殖して、すぐに高密度に達するということがわかったというところです。

──種内に多様性があると繁栄するとのことですが、逆にネガティブなこともあるのでしょうか。
ネガティブな面もあります。栄養を与えすぎるとケンカが増えて、多様性がない方の種が繁栄するということが実験からわかりました。それはエサの量というより内容に左右され、エサに溶かす砂糖の量やたんぱく質の量を増やすとそうなります。ただ自然界は厳しい状況なので栄養はそんなにリッチではないことの方が多いですから、多様性はいい方に働くことが多いのかなと思ってはいます。

──ハエを研究の対象に選ばれたのはどうしてですか。
飼育がすごく楽で実験しやすいからです。たとえばヒトでやってもいいわけですが、無理やり多様性を作ることは難しいですし、集団がどれくらい増えるかというのは普通なら50年〜100年研究しなければなりませんが、ハエなら一世代が1週間から2週間くらいなので、1か月も実験すればだいたいがわかります。ハエは生物学では人気があるというか、飼育しやすくて世代も早いので、いろんな人が使っている材料です。ただハエだとやはりヒトからは遠くて、ハエの個性といってもなかなか受け入れ難い、個性なんかあるのかなと思うでしょうが、実際そこら辺が難しいところです。ヒトとはちょっと離れすぎているので。

──ハエの個性というのは、たとえば動作が速いとか遅いとか、そういうのを個性としてとらえていらっしゃるんですよね。それはずっと観察しているということですか。
数十年前に野外で捕ってこられた系統があるんです。こっちはよく動く、こっちはあまり動かないというのがわかっている系統がずっと飼育されています。それを譲り受けて私たちが飼っているという状態です。最近は実際に野外で捕ってきて個性を測るということをしているのですが、そうするとバリエーションがもっと豊かです。この研究はハエが動くか動かないかだけでやっていますが、朝早起きのタイプと夜になってようやく動き出すタイプとか、そういう個性があることもわかってきました。

──それは印みたいなのを付けて見分けているのですか。
基本的にはあるメスの一個体を野外で捕ってきて、それを小さな瓶の中で飼育し、そのメスの子孫をずっと実験室で維持しています。マークはできないのでそうやって一つひとつの系統を混ぜずに飼育していきます。このように飼育すると、それぞれの系統では遺伝的にほとんど均一になるので、系統間でさまざまな特徴を比べることで、ハエの世界にある個性を検出することができます。

──素人にはハエの個性を見分けるというのは難しそうですが、さまざまな個性があるのですね。今後ヒトに近づけていくために、応用的に違う生物で考えていく可能性もあるのですか。
私がするかはわかりません。私ができるところはビッグデータを解析することで、この種でもやっぱり同じことがいえるねという実験をする、ただ個々の生き物で同じような実験をすることはとてもハードで、できない可能性が高いですね。

──競争の原理が厳しい時に、多様性があるほうが争いはないことの理由はなんでしょうか。
理由は全くわかりません。ただほかのハエに会った時に近づかなくなります。つまり多様性があったほうが競争しなくなるんですね。エサが少ないと、誰かが近くにいるとケンカになるから、お互いに離れて食べたいだろうと思うんですけれども、そういう状況になるとお互い干渉し合わずに、みんなエサをたくさん食べるということになります。

──逆に栄養がある状態にすると、お互いに近づいてケンカになりやすいのですね。
そうなんです。なぜそうなるのかはわからないのですが。そうする必要はないと思うんですけどね。ヒトもそうですが、それぞれの個体は、集団としてベストになるように動いているわけではないので。

──人間でいうと欲が出るということですかね。
そうかもしれません。悪い方に働くというのは結構稀というか、今までは、エサがリッチになると多様性があってもなくてもどうでもよくなるといわれていて、それはわかるんです。たしかにみんなハッピーなので別に何も起きないと想像できます。でも今回の研究では、それが悪い方に働くという結果が出ました。それが結構おもしろいので、掘り下げていきたいと思います。

──ある意味哲学的で、人間にもあてはめられそうな気がしますね。
そうですね。結論からいうと、人間でも多様性がない方がパフォーマンスが上がる場面もあるかもしれません。一般的には多様性があった方がいいといわれていますし、気持ち的にもそうであってほしいと思うんですけれども、たとえばある問題を解決しようとした時に、多様性があった方がいろんな意見が出ていい場合もあります。ですが、すごく専門的な作業を淡々とこなさなければならないようなときには専門外の人はむしろいない方がいいという場合も当然あるわけです。ケースバイケースなわけですね。

特徴の違うハエを瓶ごとに分けて飼育している
特徴の違うハエを瓶ごとに分けて飼育している

少数派がおもしろいとか価値があるといわれる社会
──ハエの研究から人間の多様性に結び付けて考えられる先生の着想が、すごく興味深いなと思います。ダイバーシティを研究するのに、ハエを使ってとかビッグデータを使ってというのは、どういう風につながっているんですか。
もともと多様性がどのように進化してくるのかという研究をしてきたんです。

──それは人間に限ってですか、それとも生物全体ですか。
生物全体が同じルールであると信じて研究をしてきて、実際にはトンボを使って研究してきました。そこで少数派が有利になるような状況になると、多様性が維持されるということが、考えれば当たり前ですけれども、そういうことが実験的にもわかってきました。つまり、その集団の中で多数派よりも少数派が活躍できるということですね。あるいは評価されるというか。それで、そこからもう一歩先にいこうと思った時に、そうやってできた多様性にどんな意味があるのかということに興味が湧いてきました。私自身も少数派になりたいと思って生きてきたタイプで、人とは違うことを意識したりしますし、実際に人と違うなと思いながら生きてきました。それで多様性への進化に興味を持ち、多様性の意味とはなんだろうかという道に進んだということです。

──少数派でいるとやはり生きにくかったり、他者と摩擦が起きたりして、いいことばかりではない気もするのですが、そのあたりはどうですか。
そうならなくなればいいなとは思っていますけれど、ハエでわかったおもしろいことというのは、栄養が少ない状況って実は少数派が有利な状況なんです。栄養が多い状況は少数派が不利な状況、つまり多様性に寛容なのが低栄養な状態、多様性を排除しようとするのが高栄養な状態なんです。自分がマイノリティにいるときに窮屈に感じるのは、栄養が多い状況と同じということですね。

もしそういう状況がヒトの中にあるとすると、たぶん多様性を活かせていない、むしろマイナスに働いている状況に一致するのかなと私は思っています。だから少数派であることに自分が価値を見いだせたり、あの人は少数派だからおもしろいとか価値があるって他人が思える状況、つまりハエでいうと栄養が少ないような状況、そういう社会を作ることができれば、多様性が必然的に生きてくると思っています。

──「少数派が有利に働くチームであると多様性がうまく発揮される」と助成の申請書でも述べられていて、人間に置き換えてみると確かにそうなのかなと思うのですが、その少数派と呼ばれる人たちにパワーがない状態だと、多様性がうまく機能しないわけですか。
パワーがあるかないというよりも、周りからちゃんと評価されているということが大切なのだと思います。少数派の意見というのは、必然的に貴重な意見です。貴重な意見が正当に評価されるなら、少数派が活躍することができるはずです。そうなれば、多様性がうまく全体の活力に変わっていくのだと思っています。生物の場合は、少数派がもともとあるのではなくて、少数派が有利になれる状況があるから、多様性が進化すると考えるほうが自然です。多様性が進化すると、少数派と認識されるようなタイプも出てくるわけです。

ちなみに、ハエの場合は少数派は他個体とケンカをしにくいことが今回の解析でわかったんです。無駄なケンカをしないので、すくすく育つ、つまり、多数派よりも存在意義が大きくなるのです。制度や意識を変えると、多様性をピークのところに持ってこられると思うんですね。つまり多様性をちょうどよくコントロールしたいと思うのではなく、多様性を受け入れて多様性を最大限活かすような環境を作ってあげるということですね。ハエの場合はある多様性があったときに、エサの量をコントロールしてあげればいいわけです。

──もう少し先生の個人的なことについて、こういう研究にたどり着いた経緯のようなこともお聞きしたいと思うのですが、先ほど少数派の趣向であったというお話しがありましたけれども、元々ずっと理系だったんですか。多様性に興味があったというのはいろんな人がいたらおもしろいなということですか。
子どもの時はそんなに広い視野を持っていたわけではなくて、みんなと一緒が嫌だっていう思いでした。私が通っていた小学校では4年生から学校のクラブ活動が始まるんですけれども、サッカー部と昆虫クラブの2択だったんです。ちょうど3年生の時にJリーグが発足した時代だったので、私以外は男女ともに全員がサッカー部に入りました。私はそれまでサッカーをやっていたのでサッカーが嫌いだったわけではないんですけれども、そこでみんなと同じ選択をするのだけは嫌だと思って、一人で昆虫クラブに入ったんです。その辺りからだんだんひねくれだしてそういう選択をする傾向が強くなっています。

──みんなと一緒が嫌だというのはどうしてでしょう。
何かを選択する時に、人から見て安易に見える選択をするのが苦手で。たとえば好きな歌手はって問われても、それを答えるセンスを問われていると思ってしまって。一つひとつの選択にたとえば見た目がいいからその歌手を好きになったとか、安易さが滲み出ないような選択をして生きてきたつもりです。

──どうせこうなんでしょみたいに思われたくないということですかね。
そうですね、その通りです。多くの人はどうせそうなんでしょうっていう選び方をしているか知らないですけれども、私にはそう見えてしまって、それでこんなふうに生きてきたんです。

──あえて誰が好きですかって聞きたくなりますね(笑)。研究の世界ではたとえばみんなが好きなアイドルが好きでもいいんだけれども、人と違うよさみたいな、自分だけがわかる発見をしたいというか。でもそんなに壮大な違いってすぐに見つかるわけじゃないじゃないですか。どちらかというと人文系は特にそうだと思うんですけれども、これまであった先行の研究をだいたい辿って、ちょっとだけ違う視点を出せばいいみたいな感じのところがあると思うのです。だから先生の場合は、研究に置き換えて考えた時にどうなのかなっていうのはちょっと思ったのですが。
でもそういうなかから探すということが大切だと思っています。特に研究はそうです。絶対に安易なチョイスはよくないんですね。みんな同じテーマになってしまうので。なかなかテーマは思いつかないですけれども、そういう厳しいフィルターを通すとそれなりにいい提案が出てくると思っています。でもだんだん生きづらくなるかもしれません。今のところは大丈夫ですが。

ある程度多様な方がその一個上が安定する
──研究助成から派生した「先端技術と共創する新たな人間社会」という特定課題の助成プログラムを担当しており、「人間中心社会における情報技術の統制」のような話を聞くことがあるのですが、そこに自然の入る余地がなく、社会の流れと種のつながりみたいなものが断絶しているような感じを受けてしまうことがあります。なので先生のような研究があることで、そういった危機感などを喚起できるのではないかなと思うんですけれども。
それも多様性ということですね。種としての人間だけではなくて、さまざまな局面で多様性があったほうがいいと思います。多様性っていろんな階層であって、たとえば人間の細胞も目の細胞があったり内臓の細胞があったりするわけです。そういう細胞の多様性があるから、体として多機能になるわけで、さらに個体の多様性もあって、もう一個階層をあげると種の多様性もあるわけです。ある程度多様な方がその一個上が安定するんですよ。個体が多様だと集団が安定しますし、集団がいっぱいあると生態系が安定します。生態系が多様だと地球全体が安定する。そういうことが重要だと思います。

今後の研究について
──トヨタ財団に応募していただいた理由を教えてください。
「社会の新たな価値の創出」というテーマが自分の研究にとても合うと思ったからです。まさに文系と理系の間みたいなことがやりたいという思いがあったのですが、これで科研費に申請すると評価されにくかったりします。かつ科研費はそれなりに成果が上がったうえで、つまり安心感のあるテーマが通りやすいんですけれども、私のはスタートしたてでデータがない状態で計画を立ててというタイミングだったので、一般的な研究費は通りにくいというのがあって、そういったなかでテーマがよく合っていて文系理系の融合な感じがいいかなと思って応募しました。

──財団のことはどうやって知りましたか。
前の年に知人が助成を受けたことがきっかけでした。もちろん大学の助成金のページにも載っているので知っていたのですが、それまではあまり意識していませんでした。

──今後この研究の先はどのように発展していくのでしょうか。
今回見ている形質が、ビッグデータの方はほとんどいけるところまでいった感じがあります。そのため、それ以外のハエの方は先ほどお話ししましたけれども、今回は2パターンですが2個混ぜるだけではなくて3個4個混ぜた時にどうなるかとか、もっと網羅的な形質を見たときにどうなるかというのを考えています。

インタビューにて

──今回は個人研究で助成を受けられていますが、応募してみて良かった点や悪かった面、助成金の使い方や細かいことでも結構ですが、何かありますか。
これは私が一番やりたかった研究で、お金がなかったらできないなと思っていた時だったので、本当にありがたかったです。計画通り遂行できて非常に良かったです。助成期間の2年でできるか実はちょっと自信がなかったのですが、それもピッタリ2年でできて、計画を立てたおかげだなと思っています。予算も私は非常に快適に使わせてもらっています。

──今後共同研究になっていく可能性はありますか。
それは計画しています。今見ているのはたとえば目に見えている形質ばかりなのですが、歩くか歩かないか、大きいか小さいか、朝方か夜型か、実際にはそれの決め手は遺伝子で、どんな遺伝子が多様なほど集団が繁栄するのかというのを研究したいです。遺伝子はだいたい2万から4万あるのですが、その多様性が重要な遺伝子がどこかというのを探索しようという研究を考えていて、解析技術がかなり難しかったり実験的な難しさもあったりして、共同研究で進めていこうと思っています。それは予算がかなりかかってしまいます。

材料も別になんでもいいと思っていて、たとえば野菜を育てている畑に行くとキャベツが植わっている。実際には同じキャベツでもいろんな品種を混ぜて植えるほうがよく育つと思うんです。あるいはキャベツとニンジンを混ぜるとか。どうしたら効率よく同じスペースでキャベツをいっぱい作れるかというのを考えるうえで多様性は大切で、単純に植える今のやり方って多分あまりよくないと思うんです。どの組み合わせがいいのかを判断する際には遺伝子がわかると便利です。これとこれはちょうどいいから一緒に植えたらいいみたいなことができるわけで、そういった手法を作りたいというのがあります。

たとえば牛でもいいですけどね。牛と羊を一緒に飼ったほうがいいとか。全部牛だと同じエサを食べようとしますが、羊はたとえば短い草が好きとかいうことがあったとすると、たぶん二種類いたほうが一緒によく育つ。

──でもその遺伝子のレベルのことがわかっていくとなると、たとえばハエの活発な遺伝子とか攻撃的な遺伝子とかがだんだんなんとなくわかってくる可能性はあるんですか。そうするとそれを排除すればいいんじゃないかみたいな話になったりしませんか。
調べれば攻撃的な遺伝子がどれかというのはわかると思います。ただ私の興味は遺伝子を混ぜた時の効果を見ていくことなので、単独だとケンカしやすいというような悪い面であっても、何かと混ぜることで単独よりもよい効果が得られるのではないかと思うんですね。それを見つけていきたいと思います。

──そこは環境作りというところなのでしょうか。
環境づくりと組み合わせですね。多分好みが同じものとかを混ぜるとクローンと同じような感じになって、お互い競争するわけですよね。でも夜型と朝方を混ぜてあげれば起きている時間が違うので、お互い自由に空間を使えたりするわけです。そういうことで見れば、悪い効果も混ぜた時にはいい効果になる可能性があると思っています。

──データに基づいて理系の先生に多様性について教えていただけたので、多様性のよさとその弊害についてわかりやすかったです。今はなんでも多様性がある=良いことという印象があると思うので、やはり良い面も悪い面も両方あることを改めて感じました。
ヒトに簡単に当てはめてしまえるほど多様性の研究って進んでいないので、そこは注意が必要ですね。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.33掲載(加筆web版)
発行日:2020年4月9日

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