WEB特別版
JOINT30号 WEB特別版「介護ロボットを通じて考える世界の文化・制度と共生」
- [助成対象者]
- 小舘尚文
- [プロフィール]
- アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)社会科学・法学部
- [助成題目]
- 介護ロボットの社会実装モデルに関する国際共同研究──人・ロボット共創型医療・介護包括システムの構築に向けて
※本ページの内容は広報誌『JOINT』に載せきれなかった情報を追加した拡大版です。
アイルランド(キャヴァン県)から北アイルランド(ファマナ県)に入る国境。国境といっても変化といえば、制限時速がキロ表示からマイルに変わるくらいで気が付かない人も多いほどだ。EU離脱後にはどうなるのか不安を語る人もいる(撮影:小舘尚文)
介護ロボットを通じて考える世界の文化・制度と共生
世界に先駆けてイギリスで始まった産業革命は、タイタニックを生んだ北アイルランドはもちろん、西ヨーロッパ全土に拡大し、日本が科学技術立国となる基盤にもつながっていった。しかし、アイルランド島南部に成立した共和国に、産業革命が到達することはなく、農業(特に酪農)中心の社会が、1970年代にイギリスやデンマークと一緒にヨーロッパ(欧州共同体、今日のEU)の仲間入りを果たすまで維持された。
タイタニック・クオーターにあるタイタニック博物館(ベルファスト)(撮影:Patrick Brogan)
そんな古風ともいうべき特徴も持ちながら、首都ダブリンには、Microsoft、Google、Amazon、Yahoo!、Facebook、Twitter、Accenture、Pfizerなどの大手企業の欧州本社があり、Digital Hub やSilicon Docksなどの愛称で呼ばれる地区も存在する。移民の流入も激しい現在のアイルランドは、まさにグローバルな市場経済とローカルな伝統社会という両極が混在している。ただし、先端技術を生み出すという営みがほとんどなかったためか、テクノロジーと人間の共創という発想はそこにはまだ見られない。
一方、アメリカや中国の「超大国」はもちろんのこと、世界の製造業を牽引してきたとの自負もあるドイツや日本からはIndustrie 4.0 、Society 5.0などの国家戦略が打ち出されており、先端技術をいかに生み出し、共創していくのかが日常生活の中でも語られ、考えさせられる。モノのインターネット(IoT)や人口知能(AI)による製造業の革新ということで、第4次産業革命が来ているとか、人工知能が、人間の脳を越える、いわゆる技術的特異点(シンギュラリティ)が21世紀半ばにはやってくるとか、さまざまなことがある程度のリアリティをもって議論されている。イギリス、アイルランドやその他、いくつかの欧州の国で生活してみて感じるのは、先端技術の進展が、性能の向上という意味で右肩上がりの直線で描けたとしても、先端技術の受容や伝播は、直線状というよりも、むしろジグザグであって、国や文化の違いといったその他の要素にも影響を受けていそうだということである。まして、人間と先端技術の共存や共創ともなれば、コミュニケーションの取り方や家族関係のあり方、生活環境、価値観にも大いに左右されることだろう。
アイルランド南東部にあるカーロー県の家庭医Dr O'Deaのメディカルセンターで行われたDr Leeの認知症ワークショップにて。医師・看護師・受付の皆さんとともに(撮影:小舘尚文)
アイルランドは、日本と同じ島国であるが、人口は、およそ475万人(北アイルランドと合わせると約660万人)で、北海道と類似した規模になる。現在の65歳以上の人口比は2割弱だが、高齢化率はどんどん高まってきており、認知症を抱えながら生活している人は、5.5万人いるといわれている。また、長期入院病床全体の約4割が認知症患者というデータもあり、政府も、認知症国家戦略を策定したり、在宅介護パッケージスキームを実施して施設における介護から在宅への脱却を図る試みを行っている。介護スタッフには、外国人も増えており社会の多様化が進む一方で、都市部では、独居老人も多くなり、これまで当然視されてきた伝統的価値観や家族に依存するというやり方も見直されなくてはならない段階に来ている。
このように、今後は「公助」の充実も図ろうとしているアイルランドではあるが、ロボットの医療・介護活用への期待も高まっている。EUの大型研究費H2020で開発が進められてきた、認知症を抱える人を対象としたロボットMARIOを筆頭に、服薬介助のアラート機能を持つロボットStevie、遠隔で医師との会話ができるテレプレゼンスロボットLUCYなどがニュースで紹介されることも多くなってきた。しかし、社会実装という段階にはまだ到達していないのが現状だ。
EU諸国で2012年に行われたアンケート調査では、ロボットは、非情で、非人間的であるため、介護や教育現場に採り入れられるべきではないという意見が強かった。また、人間から労働の機会を奪取するのではないか、との見方も根強くあるようだ。イギリスのEU離脱を一例にしても、急激なグローバル化の進展、労働力としての移民の流入や先端技術の導入には、反発や抵抗もあるだろう。
パルロ(Fujiソフト)「ハチ」と会話するゲスト。西東京市の高齢者施設にて(撮影:岡本佳美。提供:尾林和子)
5月からトヨタ財団の研究助成プログラムとしてスタートさせることになるプロジェクトには、日愛チームに、フランスと香港の超領域研究チームを加えて、アジアとヨーロッパの違いについても考察していく予定だ。テクノロジーをどのように生み出し、どのように導入すれば、利用者との共生ができるのか、プライバシーなどの倫理的問題や安全を含むリスクの側面をどう担保するのか、ということもとても大切な視点である。グローバルとローカル、そして、先端技術と人間社会が、対峙するのではなく、共存し、共創し始めるような環境づくりに必要な資源やスキルとは何かを、介護ロボットを通じて、皆さんと一緒に考えてみたいと思っている。
日本・アイルランド外交関係樹立60周年を記念して開催したUCD Japan Fair 2017「介護ロボット」セミナー。ダブリン、アイルランド銀行のコミュニティスペースにて(撮影:Vincent Hoban。提供:UCD Japan Group)
*謝辞:写真を撮影して下さった岡本佳美さん、Patrick Broganさん、また、リサーチ・チームのメンバー(特に、増山茂先生、兪文偉先生、Diarmuid O‘Shea先生)とTramore Development TrustのAnne Harpurさんに感謝します。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.30掲載(加筆web版)
発行日:2019年4月12日