公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

18 「景観デザインを通して気候変動へのレジリエンスを高める都市づくり」タイ・バンコクを訪ねて

ラット・プラオの運河沿いの住宅。右が2月、左が8月
ラット・プラオの運河沿いの住宅。右が2月、左が8月

取材・執筆:笹川みちる(トヨタ財団プログラムオフィサー)

活動地へおじゃまします!

2018年2月と8月にタイのバンコクを訪れました。対象となるプロジェクトは、現在国際助成プログラムで助成を行っている「気候変動対策の好事例を探る─東南アジアにおける都市のレジリエンスの向上にむけて」です。2月の訪問時には、真冬の東京と比べて汗ばむ陽気のバンコクは「やはり南国!」という印象でしたが、8月の訪問時には今年の東京の猛暑も手伝い、朝晩はむしろバンコクの方が涼しく感じられるほどでした。このプロジェクトのテーマでもある気候変動を、身をもって実感しながら現場をめぐり、代表のコッチャゴーン・ウォラアーコム(コッチ)さんにお話を伺いました。

[訪問地]
タイ王国 バンコク
[助成題目]
気候変動対策の好事例を探る──東南アジアにおける都市のレジリエンスの向上にむけて

水に浸かるアジアの主要都市

コッチさんがデザインを手がけたチュラロンコン大学100周年記念公園
コッチさんがデザインを手がけたチュラロンコン大学100周年記念公園

バンコクは、市街地の大半がチャオプラヤー河下流部の低平地に位置するため、気候変動と都市化の進行に伴って、洪水による被害が深刻になっています。都市部での洪水は交通の麻痺や住宅への被害など、人びとの暮らしに大きな影響を与えるため、対策が求められています。2017年度の助成対象者であるコッチャゴーン・ウォラアーコムさんのプロジェクトも気候変動への対応策としての洪水対策がテーマとなっており、彼女のチームは、対話と景観デザインを通して、気候変動に関する住民の意識啓発や治水に関連して生じる地域の課題解決に取り組んでいます。プロジェクトは、今回訪問したタイ・バンコクのほか、マレーシア・ペナン、インドネシア・ジャカルタの海に面した3都市を対象にしています。

タイでは、2011年に被害の大きさでは世界でも最悪と言われる洪水が発生し、首都バンコクが3か月以上水に浸かる事態となりました。その後、排水路の整備など対策が進められていますが、2017年には一晩で200ミリという過去25年間で最も激しい集中豪雨に見舞われ、市内の道路でも冠水が相次ぎました。このような洪水は今後ますます増えていくと考えられています。

ジャカルタでは、2013年に大規模な洪水が発生して以降毎年のように市内の各地区で洪水が起きています。温暖化による海面上昇に加え、より多くの地下水を汲み上げて使用するようになったことで地盤沈下が進行し、市域の40%以上が海抜ゼロメートル以下といわれています。文字通り「沈みゆく」都市として、東南アジアで最も水害に弱い都市のひとつとされ、住民が移住を迫られるといった影響も出ています。

ペナン島では、2017年に大規模な洪水に見舞われ、世界遺産に指定されているジョージタウンをはじめとする市街の中心部が水に浸かり、交通網が寸断されるなど多くの被害が発生しました。

まさしくアジアの喫緊の共通課題と言える都市での洪水対策について、このプロジェクトでは大規模なインフラ整備だけではなく、コミュニティの単位でいかに都市のレジリエンスを高めていくか、またいかに住民をコミュニティデザインに巻き込んでいくかということを掲げています。2017年11月の助成開始以降、バンコクで建築や景観デザインなどの研究者・実践者、大学生、地域住民など多様なステークホルダーが参加したワークショップを実施したほか、ペナンでフィールド視察を行い、学生同士、学生と住民との意見交換が行われています。

都市化が進むバンコクに水と緑の公園を

チュラロンコン大学100周年記念公園。手前から向こうへ下がっているのがわかる(上)。大雨の時には芝生、砂利部分で雨水を蓄える。両サイドのレンガ部分に雨水貯留タンクがある(下)
チュラロンコン大学100周年記念公園。手前から向こうへ下がっているのがわかる(上)。大雨の時には芝生、砂利部分で雨水を蓄える。両サイドのレンガ部分に雨水貯留タンクがある(下)

コッチさんの専門は、ランドスケープ・アーキテクチャー。都市計画の中で、街並みや庭園・公園といった建物を取り巻く環境全体をデザインする領域です。実は都市化の進行と洪水被害には大きな関わりがあります。従来、田んぼや畑が広がっていた川沿いの平野部が、人口の増加に伴って開発されることで、建物が建ち並びその間を舗装された道路が走る街並みが造られます。それによって、これまで田んぼやため池に蓄えられたり、地面に浸み込んでいた雨の多くが行き場をなくしてしまいます。そのため、都市の地下には下水道が整備され、町に降った雨は速やかに町の外へ排出される仕組みになっています。しかし、このような大規模なインフラには時間も予算も必要になるため、整備が追い付かないケースも多く見られます。また、短時間で集中的に豪雨が降ると、キャパシティを超える大量の雨水が下水道に流れ込み、町や道路が水浸しになる被害も増えています。

その解決策のひとつが、アメリカを中心に取り組みが始まり、近年日本を含むアジアでも注目されている「グリーンインフラ」という手法です。コンクリートを中心とした大規模なインフラ整備(=いわゆるグレーインフラ)に対して、水辺、緑、生き物などの自然のもつ機能を活かした社会資本整備のことを指しており、このプロジェクトがめざす「景観デザインを通した気候変動適応」もこの考え方に根差したものです。グレーインフラと合わせて、多様なグリーンインフラの機能を都市にちりばめることで、水害に対する都市の防災・減災機能を高めることができるのです。コッチさんがデザインを手がけたチュラロンコン大学100周年記念公園は、トヨタ財団のプロジェクトで造られたものではありませんが、プロジェクトのコンセプトを体現し、学生のためのワークショップの場、あるいは近隣住民の憩いの場として広く活用されています。

バンコク中心部のチュラロンコン大学が所有する敷地に2017年3月に完成したこの公園は、広さ44800m2。バンコク市内でここ30年に造られた最も規模の大きな公園だそうです。平坦な地形に人工的な傾斜を設け、敷地内や周辺地域の雨が集まってくる仕組みになっており、公園全体で最大380万ℓの雨を引き受けることができます。緑化された屋根に降った雨は、貯水池に蓄えられます。また、傾斜部の下には約6トンの雨を蓄える貯留タンクが設置されています。中央の芝地は調整池の機能を備えています。

河川改修とコミュニティ

運河拡幅のための立ち退きライン
運河拡幅のための立ち退きライン

一方で、バンコク市内では、グレーインフラによる洪水対策も進められていますが、それによる自然環境や住民への影響が懸念されている状況です。今回のプロジェクトでは運河の拡幅により、移動を迫られるコミュニティでの新たな住環境のデザイン、そこに至る住民との合意形成のプロセスがテーマのひとつとなっており、その活動現場であるラット・プラオ(Lat Prao)を訪問しました。

チャオプラヤー川に注ぐ運河に沿って4つのコミュニティが連なり、低所得者層の集住地域が形作られています。水面に半ば迫り出すような形で木造の小屋が並び、路地を挟んで帯状に住宅街が広がっています。家の壁や路地の塀には、膝の下ぐらいの高さまで浸水があった痕跡が見られました。また、壁の赤いラインと33の数字は拡幅される川幅を示しており、ここより水際のエリアはすべて運河になってしまうということを意味します。居住地はさらに細長くなり、2階建て、3階建てのアパートのような形でスペースを維持する計画です。専門家とランドスケープを学ぶ学生、住民が参加して新たな住宅のデザインや、ポケットパーク、緑地などの共有スペースを含めたコミュニティ全体の再デザインを検討しています。

通常このような再開発は行政主導で画一的に進められますが、今回は現地のキーパーソン、行政担当者との連携がうまくいき、住民参加型のワークショップが実現したそうです。この手法が口コミで伝わり、ラット・プラオに隣接したコミュニティからも同じ方法で再居住の計画を進めてほしいという要望が出ていると、案内をしてくれた学生インターンのナラさんが教えてくれました。

コッチさんが描く未来のビジョン

プロジェクト代表のコッチ・ウォラアーコムさん(左から5番目の女性)とインターンのナラさん(右端)
プロジェクト代表のコッチ・ウォラアーコムさん(左から5番目の女性)とインターンのナラさん(右端)

河川・運河の改修にあたって住民からの要望を吸い上げ反映させる手法が隣の地域へと広がったことは、プロジェクトへのポジティブな反響であり、このような開発プロセスが当たり前になれば、プロジェクトが引き金となった大きな成果といえるのではないかと思います。

コッチさんからは、「本当は運河の拡幅そのものについて、治水効果に加えて、自然環境保全や住民の意見に配慮しながら丁寧に検討する必要がある」というコメントもありました。3月に訪問したマレーシア・ペナンでは、マレーシア科学大学のリサーチキャンパスで、治水技術について実験モデルを見ながら学ぶことができたとのことで、複数国の共通課題に、多様なセクターからなるチームが直接行き来をしながら取り組むという国際助成プログラムの枠組みが、他国や他分野の事例に目を向け、課題を乗り越える後押しになればと改めて感じました。

コッチさんの計画では少しずつ東南アジアの国々との連携を進め、10年ぐらいの計画で「景観デザインを通して気候変動へのレジリエンスを高める都市づくり」を広げていきたいとのこと。彼女にはどんな未来の景色が見えているのか、助成期間が終了した後の発展もとても楽しみになりました。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.28掲載
発行日:2018年10月17日

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