選考委員長 鈴木真里
(特活)アジア・コミュニティ・センター21 副理事長・事務局長
2025年度「アジアの共通課題と相互交流ー学びあいから共感へー」選後評
2025年度国際助成プログラムは、昨年度に引き続き、アジアの共通課題の解決に取り組む人々同士が互いに交流し学びあうことを通じて新たな視点を獲得し、次世代が担う未来の可能性を広げていくことを目的に、「アジアの共通課題と相互交流-学びあいから共感へ-」をテーマとして、公募を行った。
本プログラムは、東アジア、東南アジア、南アジア(2022年度から対象)の国や地域のうち2つ以上の国や地域が抱える共通課題に対し、あらゆる領域のプロジェクトを助成するものである。
「国際性」(複数国からなるメンバーの対等な参画)、「越境性」(異なるセクターを巻き込んだチーム作りと協働)、「双方向性」(直接交流を通した学びあいと経験の共有)、「先見性」(将来の発展につながる新しい視座の獲得)を満たしながら、同じ課題に取り組む仲間としてプロジェクト・チームが「共に考え、行動し、創りあげる」こと、さらに、双方向の学びのプロセスのなかで、社会変革につながるパートナーシップに発展することが期待されている。
2025年度助成は、2025年4月1日から5月31日までの2ヶ月間を公募期間とし、「対象国」は前年度に引き続き、日本を含む東アジア・東南アジア・南アジア(2022年度以降対象)、「助成額」については1年間は上限500万円/件、2年間は上限1,000万円/件、予定総額を8,000万円(2018~24年度の各年度予定総額7,000万円から1,000万円増額)とした。
なお、今年度からプロジェクト予算総額の10%を超えない範囲の管理費の申請も認めることとした。
公募結果の概要
以下は、2025年度助成の公募結果の概要である。
・2025年4月に計2回説明会を開催し(オンライン)、約170名が参加した。
・公募期間中、申請検討者が作成したコンセプトノート(企画概要)をもとに、事務局が88件(前年度比約3割増)の事前相談(メール、オンライン、対面)に応じた。
・「事前登録」件数は599件で、2023年度比332件増、2024年度比454件減となった。なお、2024年度に登録件数が急増した要因は南アジア地域(2022年度から
対象)からのアクセスが増えたことによるものである。
・「応募件数」は前年度比49件増の238件(事前登録件数の40%相当)となった。コロナ禍が続いていた2022年度(98件)は100件を下回ったが、2023年度(122件)、
2024年度(189件)に続いて増加傾向であり、2018年度(242件)とほぼ同じ水準となった。
応募案件の概観
・本プログラムでは、応募主体の代表者の「主たる居住地」が日本であることを要件のひとつとしているが、申請代表者の国籍は幅広く、本年度は27カ国/地域であった。本年度の申請代表者の国籍の上位は、日本143件(応募件数の60%)、インドネシア30件、ミャンマー7件、マレーシアおよびインド各6件等。地域別では東アジア154件(65%)、東南アジア51件(21%)、南アジア18件(8%)、その他15件(6%)となり、東南アジアからの応募が南アジアを上回った。
・過去に財団から助成を受けたことのない方々(※)からの応募は、本年度の応募件数の88%にあたる209件となり、本プログラムの情報が新たな層に周知され、かつ関心を持たれたことがうかがえる。
・対象国(要件:2つ以上の対象国・地域)では、日本が最多(182件、全対象国数の77%)、次いでインドネシア(81件、34%)、タイ(51件、21%)、マレーシア(49件、21%)、インド(31件、13%)と続く。地域別では東南アジアが最多で45%、次いで東アジア39%、南アジア15%となった。
・ふたつのプロジェクト助成期間(1年間、2年間)のうち、1年助成として申請したプロジェクトは39件、2年助成は199件であった。
・「対象領域」は応募者が企画書に自由に記載するもので、カテゴリーを選択する書式ではない。このため全応募案件を分類することが難しいが、大別すると教育、人材育成、環境と持続可能性、健康、医療、福祉、まちづくり、防災、労働・雇用、文化、芸術、多文化共生、少数民族、移民・難民、平和構築など、幅広い領域でのプロジェクトが提案された。
※トヨタ財団の過去の全プログラムの助成プロジェクトの代表者・中心的なメンバーを含む。
選考プロセスと選考結果
以上、本年度に応募された238件について、事務局のプログラムオフィサーが、全案件の提出書類を確認し、書類の不備の有無を含め、応募要件を満たしているか等を確認して整理し、選考委員会に審査を依頼した。
本プログラムの選考委員会は4名で構成されており、うち2名は新任である。まず各委員が申請書を査読し、推薦する案件を選び、企画書を読んだ所感、申請者への質問、評価などのコメント要旨を加え、事務局が推薦案件を集計した。各委員は、後日得られた申請者からの回答を読み込んだうえで、推薦しなかった案件の評価理由を含め、それぞれの案件の評価理由を述べた。本年度は評価上位案件でも委員の評価が分かれるものが比較的多く、プロジェクト対象領域等のバランスも見ながら丁寧に議論を進め、採否を決めた。
以上の選考を経て、2025年度は8件(助成金額合計7,946万円)が採択された。気候変動、環境、教育、保健、医療、災害など、国や場所により状況や環境が異なるも、切実な問題に取り組むプロジェクトである。選考委員からは、少子高齢化、気候変動などの大きな社会課題の中で、高齢者、使い捨ておむつなどを共通のポイントとするなど、具体的に絞り込んでいるプロジェクトが印象的であったというコメントがあった。
採択プロジェクトの概要は次のとおりである。
・プロジェクト期間:全8件、2年間
・対象国(2か国以上/件):日本(7件)、インドネシア(2件)、タイ(2件)、マレーシア(2件)、韓国、中国、カンボジア、ラオス、モンゴル、バングラデシュ、ネパール(各1件)
・主な対象領域:環境、気候変動、保健、衛生、医療、障がい福祉、教育、防災
・取り組む問題・課題:気候変動へのリスク対応、発達障がい者支援、ごみリサイクル、認知症予防、ジェンダーに配慮した防災、救急医療へのアクセス改善、教育改善等
採択案件の紹介
さいごに、今年度の採択案件8件のうち、2つのプロジェクトを紹介する。
[代表者]日比野浩平 |
[題目]インドネシアと日本の相互学習による使い捨て紙おむつの実用的リサイクル・モデルの共創 |
[対象国]インドネシア、日本 |
[期間]2年間 |
[助成金額]960万円 |
[プロジェクト概要]
世界的に、乳幼児用および大人用使い捨ておむつの使用が増加している。便利である一方、複雑な合成素材で構成され、不衛生な廃棄物が多いためリサイクルが困難である。インドネシアでは、おむつ廃棄物が埋立廃棄物の10%以上を占め、残りの多くは河川に流れ込み深刻な環境リスクをもたらしている。
日本では焼却処理により衛生的に処分可能だが、この方法はコストが高く、特に高齢化・人口減少が進む地方では持続可能でない可能性がある。おむつ廃棄物の状況は両国で異なるものの、実用的な低コスト処理技術・システムが双方に求められている。
本プロジェクトは、長年にわたる環境姉妹都市提携で結ばれたスラバヤ市と北九州市のチーム間の協力と相互学習を通じ、インドネシアと日本の地方の文脈に適合したおむつリサイクルに適切な既存技術・システムの最適化と地域適応を通じた社会イノベーションの促進、特に簡易堆肥化手法に焦点を当て、この課題解決を目指す。
インドネシア全人口の6割弱が集中するジャワ島の東部の大都市・スラバヤ(人口約310万人)では、1日に約1,800トンのごみが発生され、そのうちの約9割が最終処分場で廃棄される。最終処分場には処理能力1,000トン/日の廃棄物ガス化施設があるが、他のごみは埋立処分場で投棄されていることに加え、使い捨て紙おむつを含め、空き地や川へのごみの投棄などが環境・衛生問題を引き起こしているという。企画者は、主な課題は技術やシステムの不足ではなく、既存の技術・システムの最適化と適応に向けた取り組みの不足にあると考えており、本プロジェクトでは、2004年にスラバヤで開発された「高倉式コンポスト」(The Takakura Composting Method)を活用し、紙おむつの安全かつ効率的な堆肥化を実証し、政府の補助金に依存せずに実装することを目指している。
一方、日本では、ほとんどの廃棄物は焼却施設で燃焼されており、スラバヤ市と姉妹都市である北九州市でも同様の状況である。おむつは焼却処理により衛生的に処分可能であり、回収・処理された資材を一部新しい使い捨て紙おむつの製造に再利用する「水平的な物質リサイクル」に関する実証プロジェクトもあるようだが、処理コストが高く、特に地方ではアクセスが限られる。このように、ごみ処理環境が異なる両都市であるが、おむつ廃棄物を処理するための実用的かつ手頃な方法とシステムへのニーズがあるという共通点がある。両市は長年、環境姉妹都市として「生ごみコンポスト化協力事業」等を通じ連携しており、本プロジェクトにおいても環境に即した実証モデル事業の可能性やシステム導入に関する検討が進むことが期待される。
選考委員会では、焦点が明確であり、アドバイザーとして地域研究者、専門家等も入っていること、(インドネシアの)社会的背景への配慮があること、前提とする研究がよく行われていること、市民組織のメンバーが入っていること、補助金に頼らず自走する仕組みが考えられていること等が評価された。
[代表者]松田菜穂子 |
[題目]カンボジアとラオスにおける授業と教科書の改善を両輪とした小学校算数科授業研究モデルの開発 |
[対象国]カンボジア、ラオス |
[期間]2年間 |
[助成金額]1,000万円 |
[プロジェクト概要]
カンボジアとラオスの小学校教育は、21世紀型スキルや主体的な学びを重視したカリキュラムへと転換を進めているが、国際調査によると算数の学力が著しく低い結果が示されており、日々の授業で新カリキュラムの理念を実現できていないことが課題である。
本プロジェクトでは、参加者間での学びあいの中で教師が知識を共有し、共有された知識を更新・創造し続けることを支えるシステムである授業研究を、カンボジア、ラオスの教員養成大学附属小学校で始動させる。授業研究は日本発祥のボトムアップ型の授業改善システムであり、「Lesson Study」として海外で急速に普及している。「答え」から始まる伝統的な教員研修ワークショップと異なり、授業研究は教師の「問い」から始まるという特徴があるため、本質的に授業研究は継続・発展し続けるものであるが、海外ではそれが難しいという報告が多数ある。そこでアメリカの実践校での授業研究の経験を参照することで、授業研究の持続発展性を高める。
これにより、教師の専門性向上だけでなく、カリキュラム・教科書・授業のアラインメントを強化し、授業改善の持続発展性を確保することを目指す。公開型の研究授業を通じた実践共有により、両国の教育現場への波及と、将来の教科書改訂への貢献が期待される。
このプロジェクトでの着眼点は、知識伝達や動画配信で代替できる授業では教師はAIに代えることができる、という近い将来起きる教育現場での大きな変化を見据え、AIに代えられない教師の役割と授業は何か、を追求し創造することであろう。
カンボジアでは2018年のカリキュラム改訂で、とくに算数の授業を通して批判的思考力や問題解決能力を向上することが意図されているが、国際的な学習到達度に関する調査(PISA)で参加国中最下位(2022年)となり、教員養成・研修の必要性は認識されているものの、教科書改訂の具体的計画が公表されていない。一方、ラオスでは2019年から導入され始めた新カリキュラムではアクティブラーニングが強調され、生徒の主体的な学びと実践的なスキルの習得を目指しているが、2022年に刷新された教科書と旧教科書との違いが大きく、教師は混乱しているという。企画者は、両国の現場の教師たちが「教科書を教える」から「教科書で教える」授業の具体像を見る経験がない現状を踏まえ、教師が問いを共有し学び合う「授業研究」を通じ、カンボジアでは教科書教材の改善を、ラオスでは新しいカリキュラムに沿った授業の具現化を推進したいと考えている。
選考委員会では、教師をどう選択し、どのような能力を伸ばすのかなどの戦略設計における課題が指摘された一方、学習効果を評価しやすい算数に焦点を当て、教科書の翻訳など学び合いのための共通ツールを具体的に設定していることなどが評価された。