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JOINT40号 WEB特別版「一番つながってほしい人につながるために人の力とテクノロジーをつかって私たちにできること」

JOINT40号「一番つながってほしい人につながるために人の力とテクノロジーをつかって私たちにできること」

今回は、デートDV防止、自殺念慮予防、児童虐待防止という社会的課題の解決に向け、テクノロジーを積極的に活用したプロジェクトを推進し、またそれらに関連する事業の代表としても活躍されている3名に、それぞれの視点からお話していただきました。

※本ページの内容は広報誌『JOINT』に載せきれなかった情報を追加した拡大版です。

一番つながってほしい人につながるために人の力とテクノロジーをつかって私たちにできること

髙岡昂太(たかおか・こうた)
◉髙岡昂太(たかおか・こうた)
株式会社AiCAN「すべての子ども達が安全な世界に変える」代表取締役 。東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程修了。教育学博士、臨床心理士、公認心理師、司法面接士。産業技術総合研究所人工知能研究センター主任研究員を経て、2020年3月株式会社AiCAN設立、2022年4月株式会社AiCAN代表取締役(CEO)。2018年度特定課題先端技術と共創する新たな人間社会「福祉分野における自治体のデジタルトランスフォーメーション促進の課題整理」代表

それぞれの活動紹介

─トヨタ財団で研究助成と先端技術と共創する新たな人間社会のプログラムオフィサーをしております、加藤慶子です。私が一番力を注いでいる分野はヘルスケア×コミュニケーションです。製薬会社など医療関連の印刷物を制作する仕事をしていた頃、その内容に興味を持ち始めたことをきっかけに一念発起して会社を辞め、大学院に進学して公衆衛生を学び、働く女性のヘルスケアをテーマに研究してきました。その後ヘルスケア関係のNPOなどでボランティアをしながら、現在に至ります。今日の皆さんのテーマは個人的に大変興味がある分野ですし、さらに先端技術を使ってどのように普及させていくか、問題を改善・解決していくかというテーマなので、お話をうかがうのをとても楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。はじめに、みなさんの自己紹介をお願いします。

髙岡 髙岡です、よろしくお願いいたします。株式会社AiCANという、児童虐待に対してテクノロジーを使い、現場の方々が取り組まれている課題解決の伴走支援、それからサブスクリプション型のプロダクトを提供するスタートアップを経営しています。私自身のバックグラウンドは、臨床心理学です。臨床心理士、公認心理師として現場で働きながら、特に児童虐待をテーマに児童相談所や、医療機関における虐待の対応、それから性暴力を受けてなかなか事実をお話するのが難しい子どもに対して、専門的に被害事実を聞き取る司法面接という仕事をしてきました。

予防・介入・治療の全部に携わってきましたが、特に虐待分野だと現場で何が起こったのかを検証し、再発防止策を施していくところに関わりながら仕事をしてきました。児童虐待、DV、自殺などは一機関だけでは解決できない部分があります。多機関でそのような現場の課題を実感しながら働いてきました。

大学では今申し上げたようなことを研究しながら、仮説を作って検証するというサイクルでやってきました。カナダに4年弱留学していたのですが、そこでコンピュータサイエンス、公衆衛生やビッグデータの扱い等も含め、人工知能やICT技術を使い、現場の方々が苦労して集めたデータがすぐ次の事例にも活かせるような良い循環を作ることができたら、目の前にいる子どもたちの役に立つかなと思いました。あとはデジタルトランスフォーメーションの研究開発をして、実証で実験をしていくというような流れが背景としてあります。

私自身が科学者兼実務者というところもありますが、それを少しでも現場の皆さんに届けるために、今度は経営者として起業する立場を通して、サービスを全国に実装していきたいと思い、事業をすすめているところです。

阿部真紀 (あべ・まき)
◉ 阿部真紀 (あべ・まき)
認定NPO法人エンパワメントかながわ理事長。CAP(子どもへの暴力防止)スペシャリストとして、これまで10万人以上の子どもたちに出会ってきた。また、デートDV予防プログラムを開発し、提供。実施者養成講座、電話相談員養成講座、相談対応専門研修の講師を務める。2018年NPO法人デートDV防止全国ネットワークを設立し、事務局長。著書「暴力を受けていい人はひとりもいない」(高文研)。2021年度国内助成プログラム「デートDVチャット相談システムから、学生と共に創る人と人とが繋がる社会」代表。

阿部 阿部です。認定NPO法人エンパワメントかながわで10年ほど理事長をしています。この鼎談が始まる直前まで、神奈川県内の養護学校で夏休み最後の教職員研修があり、子どもたちを性暴力から守るために、先生がたの人権をまず守ってくださいというような話をしてきました。

私自身はCAP(子どもへの暴力防止プログラム)というアメリカから来たプログラムを1999年からはじめました。夫の赴任で海外生活が長く、日本に帰ってきて何をしたらいいんだろうというときにCAPに出会いました。そんななか、CAPのスペシャリストたちがもっと自分たちでプログラムを開発して提供しようという流れになり、エンパワメントかながわを2004年に立ち上げました。

どんなプログラムを作ろうかと考えたときに、ちょうど出会ったのがデートDVという言葉でした。皆さんデートDVという言葉はご存知ですか? 学校の先生がたを対象に行なった研修でデートDVという言葉を知っていますかと聞いたら、4割くらいはご存知ありませんでした。まだまだそんな感じなのですが、私自身はこの言葉はとても画期的だと思っています。暴力に名前がついたらそれをなくしていくことができるけれど、名前がなければ、なんだかよくわからないモヤモヤのままです。暴力をふるわれていても、相手を好きだからしょうがないのかなというところに対して、デートDVという言葉を得たんですね。それをプログラム化して、10代のうちにデートDVをなくすことができたら、その先に続いていくDVや虐待もなくすことができるだろうと考えて予防プログラムを始めました。

とはいえ、実際にはデートDVは起きていますので、デートDV110番という相談窓口を作りました。それでも足りなくて、デートDVの専門相談員というところまでやり、まだ足りなくて、デートDV防止全国ネットワークというものを設立して、そこの事務局長を務めています。どうぞよろしくお願いします。

櫻井昌佳 (さくらい・まさよし)
◉ 櫻井昌佳 (さくらい・まさよし)
非営利テック団体ZIAI代表。商社やIT業界で人事経験を積んだ後、途上国スラム街における世界初のレイプ予防メソッドを開発するNPO法人Gawainをインドで設立。それらNPOの経営に加え、IT企業の組織デザインを専門とする株式会社CRY4の代表取締役社長を務める。2021年度特定課題先端技術と共創する新たな人間社会「テクノロジーを活用した“誰一人取り残さない新しいメンタルヘルスケア”」代表。

櫻井 一般社団法人ZIAI代表の櫻井と申します。私は人事が専門で、かれこれ約10年ほど、特にIT企業の経営者をクライアントにもつサービスを生業としています。ZIAIでは、自然言語処理とITのシステムを使って、どうやったらオンライン相談の応答率を上げられるか、ひいては、どのようにテックを使って自殺念慮の予防につなげていけるかということに取り組んでいます。

平成30年度の調査結果で、オンラインチャット相談の応答率が約2%から21%しかなく、80%ほどの問い合わせに対応できていないことがわかりました。接続順に応答していくため、緊急性が高い人からのSOSに十分に対応できていない可能性があったのです。そこで、カウンセラーに属人的に蓄積された暗黙知をシステム化することにより、問い合わせ内容などから相談者のリスクを自動測定し、緊急性が低い方にはAIでの対応、緊急性が高い方にはプロのカウンセラーや必要な組織につなぐといったITシステムおよび中に組み込むAIアルゴリズムを構築しております。カウンセラーの人数は限られていますが、このシステムを導入することで最大限に問い合わせに対応することができます。

さきほどデートDVのお話があったので簡単に自己紹介として補足させていただくと、私はもうひとつZIAIとは別に、インドなど途上国をメインにスラム街におけるレイプ予防策を開発するNPOもやっています。デートDVはアメリカなどで5年くらい前からたびたびニュースになっていましたし、知人と話している中でその言葉を知ったという感じです。便利な世の中をより便利にするというプラスをよりプラスに持っていくことよりも、基本的人権が守られていないようなマイナスの状態の人々をいかにフラットに持っていくかというところに大変興味があるので、そのような活動にできるだけ時間を使いながら、生活のために仕事もしているような状況です。

プロジェクトについて

─ありがとうございました。それでは今と同じ順番で皆さんのプロジェクトについて紹介していただきたいと思います。

髙岡 私どもの会社では、「全ての子どもたちが安全な世界に変える」ということをビジョンにして、2027年までに見過ごされた子どもの虐待をゼロにしたいというミッションを掲げています。子どもを虐待から守るときに属人的に経験だけで対応するのではなく、きちんと仕組みとして知見を引き継ぐことが必要だと思うので、そのためにテクノロジーを利用していきたいと思っています。

会社は私を含めて9名で運営していますが、子どもの虐待対応現場の臨床や、研究開発に従事したことがあるスペシャリストチームです。先ほど申し上げたように私も現場で臨床心理士として働いていたということもありますし、データサイエンスチームを含めて、国や自治体のAIや虐待対応の研究実績を持ったドメイン知識を兼ね備えたチームとなっています。産業技術総合研究所で作った技術を移転して、さらに弊社で開発を進めて、現在125名の自治体職員の方にサービスを提供しています。トヨタ財団の助成で行ったプロジェクトがベースになっているのですが、パブリックセクター、省庁関係の方々とやりとりをさせていただいています。

小児科学会の推計によると、日本では毎年最大で約500人の子どもが虐待で亡くなっているという状況があります。このようなことを防ぐときに何が課題かというと、やはり現場の方々の判断がとても重要になってきます。子どもの居場所の支援はもちろんとても大事だと思うのですが、一番支援が必要なのは、自ら援助を求められない子たちがいるというところです。そこは行政の力を借りて入っていくことが大切です。ただ行政としてもいくつかポイントがあります。

課題の一つめとしては、判断自体が難しいというところです。実際には親御さんが叩いているにもかかわらず、滑り台で転んだと嘘をつくこともありますし、先ほど亡くなっていると申し上げた子どものうち、半数以上が0歳と1歳なのですが、この子たちは調べてもまだ話すことができませんので、事実を語ることができません。学齢期になったとしても、脅されていて話すことができないこともあります。このような場合、情報で判断しようにも、どんなベテランのかただったとしても実情がわからないということがよく起こります。そうすると、判断の質を向上させるデータのような武器が必要になってくるというところが課題の一つです。

二つめは、現在児童相談所で虐待の相談について新規で対応する数が20万件くらいになっているのですが、この件数は20年前から比べて17.6倍になっています。ただし現場で対応する児童福祉士の数は3.7倍にしかなっていないので、一人当たりの業務件数が相当増えているということがあります。そうなると職業としてブラックになりがちで、児童相談所の職種の方々の離職率があがり、経験が浅い職員が多くなってしまいますので、なるべく業務の効率化をして、うまくテクノロジーを利用していくということが必要不可欠になります。

このような背景から、現場の課題解決は非常に大事だと思いましたので、そこに伴走しようと考えました。児童相談所をとってみても、都市部と地方では進め方や地域内での連携の仕方が全く異なります。そういった違いがある中で、日本全国に一律のやり方を当てはめようとしてもうまくいかないということがこれまでの研究や関係性の中でもわかってきていますので、自治体ごとの特徴や課題に合わせて伴走をするということが必要です。これらを分解していくと、弊社としてできることは、ICT技術とAI技術をサポートするというところで、社名でもあるAiCANというアプリの提供をしています。

溜まったデータをもとに課題に応じた現場の支援をするのですが、「データから見るとこの部分が課題なので、こう改善するとうまくいくかもしれません」といったような業務傾向の分析や、データの内容に基づいて研修を提供したり、政策決定に関する資料を作成したり、アプリ自体もより良く使っていただくために改修するということも繰り返しています。そうすることによって、現場の方々を支援していくということをソリューションとします。

これらを一貫して提供するのが、子どもの虐待対応における課題解決の伴走を行うSaaS型のAiCANサービスです。特徴の具体例ですが、児童相談所、または市区町村に4歳の男の子山田太郎くんの首から上に気になる傷がある、という電話がかかってきます。まずはそのことを情報として入力して、それに加えてお父さんやお母さんにお話を聞いたら知らないと言っていたなど、どんどん記録をチェックリストで入れていきます。そうすると、この対応記録に基づいてAIがリスクのシミュレーションをしてくれます。さらに現場が知りたいことは、こういう時にはどう対処したらいいかというところになるので、今すぐ保護すべきだとか、そういったことが即時にデータで示されます。

次にもう一つですが、業務の効率化というところで、さきほど経験が浅い方々が多いと申しましたが、今児童相談所の職員は、経験年数が3年未満というかたが50%を超えています。つまり2人に1人は経験年数が3年未満にもかかわらず、専門性の高い仕事をしなければならないという状況です。ではどうするかというと、何を調べたらいいかというようなところを、ガイドに沿ってもれなく調査ができるようにアプリに実装をしています。例えば傷跡だと、どこの部位か、どんな傷か。そういうことをフォームに沿って入力していくと、的確に専門性の高い情報が集まっていき、それを必要な機関に共有することも可能です。非常にセンシティブなデータなので、セキュリティレベルを自治体が求める基準にしてサービスを提供しています。

タブレットを使って学校や保育園、あるいは病院などでもその場で記録を書くことができますし、写真の共有もできます。このように課題に応じた現場支援として、課題の設定をきちんとしていって、それに応じたアプリの開発をし、実装する。そして集まったデータをもとにどんどんアップデートしていって、業務改善をする。このようなサイクルがあります。このループを回し続けることによって、自治体ごとの特徴に応じた現場の課題解決に直結できます。

実績としては、業務フローが少しずつ変わってきたというところがあります。これまでの業務ではFAXや手書きで業務記録を起こしていましたが、このサービスを使っていただくと、情報を即時にシームレスなデジタルデータとして活用することができます。また、今までは人による判断なので、経験が長い専門職の方々が経験上多分これは危ないとか、これは保護しようという判断になっているわけですが、AiCAN導入後は取得したデータを入れると、どんな危険性があるか、保護の必要性があるかということをすぐに参照できるようになりました。

ユーザー支援としても、これまでは現場の方々は常に忙しいので業務内容を振り返るということがなかなかできなかったのですが、業務傾向分析や課題に応じたデータの利活用をご提案することで、そういうことが見えてくるという新しい変化が出てきています。実際に業務の効率化のログを見たときに、子どもの安全に関するデジタルデータがより早く登録共有されるようになったということもあります。

今まで不確実なもの、あるいは調べてもどの程度事実かわからないということが現場でも多くありました。過去のコンピュータのスペックでは計算能力が低かったので難しかったのですが、今はコンピュータのスペックもAIの技術も上がってきたので、リスクの予測ができるようになりました。特に児童福祉の世界は本当に不確実な世界に基づいていて判断しないといけません。ケースバイケースもたくさんあり、日々状況が変わっていく中で同じ事例は一つもありません。でもそういった中で、現場の経験感覚で仕事をされていた専門職の方々が自分の経験や感覚の裏付けをデータで取れるようになります。そうなると自分の考えが正しいんだとか、ここはちょっと見直したほうがいいなと気づくことができるようになり、皆さんが頑張って捉えたデータが現場の武器になります。

これが私たちとして支援したいなと思っている考え方です。児童虐待というのは、児童相談所だけではなく、市区町村や学校も含めて様々な機関が関わっています。児童虐待を受けた子たちは、今までの研究でもDVの加害者・被害者になりやすいとか、自殺に至る確率が高いということが公衆衛生の知見として出ていますので、お二人とはかなり近接領域なのかなと思っています。せっかくなので、横展開や関係機関の皆さんともシナジーを生み出せたらなと思っています。さらに、こういった連携ができていくと、課題先進国の日本として今後同じような問題を抱える海外に展開することができると思っています。そのような面でも地球全体の問題を解決するために、協力できることがあるといいなと思っています。

阿部 今髙岡さんのお話をお聞きして、とても近いなと思いました。子どもが暴力を振るわれずに安心して生きることができる社会が目指せたら、それがイコールすべての人が暴力を受けないで生きていける世界だと私も思うので、エンパワメントかながわのミッションもそんなところにあります。コロナが2020年に始まって、そのおかげでエンパワメントかながわもいろいろなものが変わってきたなと思っています。もう「かながわ」とつかなくてもいいというくらい、オンラインでどことでも繋がれますよね。デートDVの相談員が日本中から関わる、そんなふうに変わってきたと思っています。

いただいた助成はエンパワーメントで暴力と貧困の連鎖を断ち切るという内容のプロジェクトなのですが、このエンパワーメントという言葉がそもそもあまり知られてないかなというのと、今少しエンパワーメントという言葉が流行りだした気がするのですが、その使われ方と私たちが使おうとしているエンパワーメントの意味が、もしかしたら少し違うのかなとも思っています。ですが私たちは、その人の中にある力を信じて発揮できるように関わることで、暴力をなくしていけるし、暴力がなくなると貧困の連鎖もなくなっていく、そんなふうに考えて活動しています。

私たちはコロナのおかげと思っているところも多いのですが、2020年度のDV相談件数はものすごく増えました。これはDV相談プラスという窓口ができたからという要因もあるのですが、それにしてもかなり増えました。それから自死をする人の中で特に女性が急増して、小中学生も多いという問題。こういった問題の真ん中にデートDVがあると私は考えていて、デートDVはキーワードになると思っています。

ある時私たちが出会った高校生で、デートDVを受けていて避妊に協力してもらえず妊娠した子がいるのですが、その子が大丈夫、私の母も17歳で私を産んだからって言ったんです。その言葉がすごくインパクトがあって、まさに若年妊娠、若年出産が連鎖して起きている。そこに一人親家庭や貧困の問題があったり、デートDVがDVになり、虐待になるというところをまさに物語っているかなと思います。

日本の社会の力の不均衡、そして世代を超えて連鎖しているということを、学校現場で子どもたちと出会う中で強く感じます。加害者になっていく子どもも被害者になっていく子どもも、やはり暴力を見聞きして育っているんですよね。そこでデートDV防止が切り札になると考えています。デートDVは10代のカップルの3組のうち1組で起きているのですが、それをなくしていくこと。私たちの考えるデートDV防止は、啓発することと予防教育が一つ、もう一つは相談体制を作っていくことです。予防もしたいけれども、実際にデートDVが起きてしまっているので、被害者ができるだけ早く適切な支援を受けることができる相談体制を作っていくこと。そして、そこに誰でもいつでもどこからでも繋がることができるようにしたいです。

デートDVに特化して全国を対象にしている相談窓口は、デートDV110番だけだと思います。この相談窓口は2011年の1月に神奈川県の事業として開設しました。最初は週1日でそれが週2日になり、神奈川県の事業の終了後は民間の助成金で2014年からフリーダイヤル化しました。そして2020年9月、まさにコロナ禍のさなかですが、LINE相談を導入することでバーチャルで繋がれるコンタクトセンターを作ってリモート化をしました。そして2021年9月には相談日を週2日から週4日に増やしました。スタート当初は相談件数が少なかったのですが、LINE相談を初めてから相談件数がすごく増えました。そのため、日本中に相談員がいて日本中から届く相談にバーチャルで繋がりながら、コンピューター上で対応していく体制を作りました。

最初はLINEビジネスを使っていたのですが、LINE社のビッグデータの中に取り込まれていくという心配をリスクヘッジするために、イデアリスタという会社とタッグを組み、TwitterでもLINEでも、また匿名でもログインできる独自のチャット相談システムを作りました。使用感はLINE相談みたいなものですが、独自に作っているので、多重認証もしています。それからDVの相談ということで、近くにいる加害者が突然見に来るというようなことも想定して、ある部分に触れた瞬間、画面が天気予報に変わる緊急避難スイッチというものまで作りました。2022年3月からこの独自チャット相談システムに移行しました。自然言語解析を入れることによってデータが取れるので、私たちが行っているエンパワーメントの手法が正しいんだという検証ができるエビデンスを抽出できます。これによって、私たちが今までやってきた方法を他機関にも普及できるし、今後学生がここに関わろうとするときにも、先程経験が浅い相談員が増えているという話がありましたが、そういう人でも相談を受けやすくするメソッドを作ることができます。

学生たちがピアサポーターとしてコミュニティを作っていくことができるようにという部分が、トヨタ財団の助成で実施している事業です。エンパワメントかながわの全体の事業としては、デートDVの予防教育と啓発もしています。それから全国ネットワークとの連携や、人材育成も行っています。このチャットシステムが普及できたら、暴力と貧困の連鎖が断ち切られ、人と人とが対等で互いに尊重し合える、まさに暴力のない社会を築けると思って活動しています。エンパワーメントメソッドのマニュアル化、ピアサポート学生たちの育成システムの確立、そして行政委託事業としてお金をもらっていこうというところを考えています。

─どうもありがとうございました。エンパワーメントという言葉は、たしかになかなかまだ普及していないと思うのですが、働く女性のヘルスケアを応援したいといったときに、このエンパワーメントの力というのはなかなか科学では証明できないのですが、元々みんなが持っている力を引き出すということがどれだけ大切かを私の大学の先生はものすごく熱く語る人だったので、今日阿部さんにお話を伺って、ここにも熱くエンパワーメントを語る人がいたと思って、ちょっと嬉しくなりました。では、最後に櫻井さんお願いできますか。

櫻井 我々ZIAIは「Love Yourself at First」というビジョンを掲げて、「自分を殺す」のではなくて、どうやって「自分を愛せる」社会を作れるかというコンセプトで発足した団体です。目下注力しているのが、相談窓口のカウンセラー不足の問題です。先ほど申し上げたように少なくとも約80%には対応できていません。それくらい相談が多いのに対応できるカウンセラーが少ないのが現状です。

では、そのためにどのようなシステムを作ろうとしているのかについて簡単に説明させていただきます。大きくいって二つありますが、まず一つはAIのチャットbotでリスク度をきちんと判断できるようにしましょうという問診AIというものを作っています。今は、ほぼ何も質問ができない状態でカウンセラーがカウンセリングをスタートするようなイメージです。というのも、あまり事前に質問をしてしまうと相談者が去ってしまってそもそも相談されないというようなことを懸念して、事前の質問項目をほとんど用意していないのが現状です。ほぼ情報がない中では優先順位をつけられないので、先着順にカウンセラーが相談を受ける状態になっています。

そうすると、先程お話ししたように応答率が20%以下にもかかわらず、おそらく優先度順に並べたときにかなり危ないようなかた、今すぐにでも病院にブリッジしないといけないとか、プロのカウンセラーが対応しないといけないようなかたに対応できていない可能性がとても高いわけです。ですので、まずはちゃんと情報を取るようにしましょうというのがこの一つめで、問診AIを作っているところです。

二つめは、リスク度が高い人と低い人を見分ける優先順位アルゴリズムというのを開発しています。これによってリスクが高いかたを優先的にプロのカウンセラーにブリッジしたり、もし相談を受けたNPOで解決できないのであれば、自治体の当該窓口や、課題解決できるような機関にブリッジをする。カウンセリング業界で「繋ぎ」といわれる部分を担うことです。たとえば、デートDVの話が来ているなら、もしかしたら阿部さんのところに連絡を入れたほうがいいのかもしれないですし、個々のプロフェッショナルの団体があるので、的確にブリッジをしていくような形を想定しています。

そして最後に、今はリスク度が低いかたに対しては対応しきれていないのですが、プロのカウンセラーがチャットでやりとりしている内容を学習したカウンセリング特化型のAIアルゴリズムを用いて、傾聴ができるようなものを作り、そのAIにリスクが低い相談者を対応させるということをやろうとしています。トリアージの仕組みといいますか、優先順位をつけて人が対応するものとAIで対応できるものに振り分けて全体に対応できれば、相談応答率を100%にできるのではないかというところに取り組んでいます。

細かい話になりますが、今、優先順位付けの自動化の機能を開発しながら、過去にカウンセラーが対応した内容を読み込ませてどれくらい発話生成できるかという類似会話のレコメンド機能のようなものにもトライしています。次のステップになると、自動で発話生成をしていくような形で、カウンセラーに対してレコメンドを表示させて、この表現は結構いいね、これはだめだねといったようにボタンを押してどんどん再学習させていったり、その文章を見ながらもう一度カウンセラーに入力してもらって、ギャップから再学習させるというようなことに取り組んでいこうとしています。カウンセリングの経験がまだ足りていないけれど臨床心理の勉強をしている学生などが、我々のシステムを使ってリコメンドを見ながらであれば返答できるような体制にできれば、相談員を増やしやすくなるので、応答率を上げられるかなと思っています。

今後の展望はいくつかあるのですが、一番伝えたいことを共有させてください。自殺に至るまではグラデーションがあります。少しストレスがかかっているレベルの人から、自殺しか頭の中に浮かばないという極めて危険な自殺予備軍まで様々。自殺予防という話をするときは、自殺予備軍のフィジカルな自殺行為そのものを予防したいという話になりがちですが、いかに上流で自殺念慮(自殺を考えるという状態)を未然に防ぐかにこそコミットしないと、本当の意味で自殺をなくすことはできないと思っています。おそらくこういう問題に関わっている人たちは全員このことをわかっていても、目の前の人を救うことすらできていないため、現状はあまり手が出せていないのだと認識しています。自殺する人がすごく多いので、彼らをどう救うかということになってしまうのは当たり前のことなのですが、広く多くの方にリーチできるテクノロジーという特性を考えると、我々ZIAIだからこそ、この上流に関与できると思っています。今作っているAIアルゴリズムが、将来、自殺念慮の予防にどう貢献するかというロードマップを引いて、厚労省などに提案していくことは目下、探り探り仕掛けていることです。

たとえば、今から10~20年後の世界、台所で料理をしている主婦が「はぁ」ってため息をついたします。すると、家にあるGoogle Homeが反応して、「大丈夫ですか?」と声をかける。自然に悩みを吐露して、そこから会話が始まるというようなことが起こると我々は思っています。これは机上の空論ではなく、音声合成技術と、自然言語処理の技術さえ伴えば実現可能なものなので、あと10年くらいでできるはずなんです。我々は後者の自然言語処理のアルゴリズムを作ろうとしていて、これができれば今話をしたGoogle Homeやスマートフォンみたいなところに入れ込めますし、おそらく自動車の中もスマートスピーカーで操作したり話をする時代になってくると思うので、そこにももちろん入れられます。あとは今若い人はゲームの中で過ごす時間がとても増えていますので、10年や20年経ったらもっと増えるはずです。そうなったときにアバターと話をするというのは当たり前の世界になり、AIカウンセラーのようなアバターがいて、それと話すことで実はカウンセリングされていたという世界観になってもいいと思っています。

要は、カウンセリングをどうやって日常に自然なかたちで溶かし込んでいくかということが自殺念慮の予防にはとても重要で、その鍵になるのは、テックだと考えています。そのテックをどうやって開発するかというときに、SNSカウンセリングの課題解決と、のちのち我々が本当にやりたいと思っている自殺念慮の予防をどのようにリンクさせていくかというところが勝負だと思っています。どうやって関係者を巻き込んでいくか、特に厚労省やDX、行政、こういうところと組んで協力して進めていく以外に道はないと思っているので、今日は先輩のお二人にその点についてアドバイスや示唆をいただけたらいいなと思っています。

ラストワンマイルをつなぐために

─ありがとうございました。この後はフリーディスカッションをしていただければと思います。

髙岡 僕ら全員に共通するところとして、デートDVの相談も、自殺予防も、児童虐待に関しても、サービスにつながるラストワンマイルの部分、一番つながって欲しい人にサービスを届けるにはどうしたらいいかというのはとても大事なポイントだと思っています。領域は違いますが一緒に学び合えるところもあるかなと思ったので、ぜひ阿部さんと櫻井さんの知見やお考えをお伺いできたら嬉しいです。

阿部 デートDVの場合は、デートDVという言葉すら知られていない場合があります。当事者は自分が我慢すればいいと思っているので、「あなたは悪くありませんよ」と言うと、「そうなんですか? でも私がいけなかったんですよね?」と本当に気づいていない人がいます。そういう人でも相談に来てくれたらつながることができます。そう考えると、つながっていない、あるいは気づいていない人がどれだけ多いのかなと。気づいてもらうのはものすごく大変です。デートDVは、本人は気づかなくても周りは気づくんですよ。それと同じで虐待も子どもは気づいてないかもしれない。

櫻井 我々の場合、最初からコンセプトとして決めていたのは、自分たちだけでやらないということ。ラストワンマイルの接点を持っているところと組むと決めていました。巨大なテックプラットフォームと組まないと絶対に届けられないと思っています。医療インフラにしていくためには自分たちだけでは無理なので、カウンセリングをしているNPOや、テックプラットフォームを持っているIT企業と組むという戦略に振り切ろうとしています。

阿部 それが本当にできたらすごいですね。でも、どうやったらそのような大企業から支援をもらってこられるんですか。デートDVに関しては、それは個人の問題で企業のようなところが関わる問題ではないと言われてしまいます。虐待も自殺もそうかもしれませんが、個人の問題だと言われていることに対して、私はそうじゃない、暴力の問題なんだから社会が向き合う課題なんだと言い続けているのですが、個人の問題として片付けられることが多いなと思っています。

櫻井 単にお金を出してもらうというのは難しいかもしれないので、CSR的な取り組みの中で一緒にできますよという視点から説得したいと思っています。これはまだ構想ベースですが、今SlackやTeamsのようなチャットベースの働き方がどんどん浸透している中で、その一つのチャンネルに、福利厚生的にカウンセリングのチャンネルを設けてもいいですよね。それで人事のモチベーションクラウドのような中で、何かの数値が上がりましたというようなエビデンスさえ出れば、そういう仕掛け方もできるかなとも思っていますし、海外の事例で言うと、メタバースに関わってくる3DCG作成ソフトにBlenderという有名なアプリケーションは、実は多くの有名企業からスポンサーとして資金を集めて運営している非営利団体です。

なぜかというと、このソフトアプリケーション界隈が盛り上がれば、企業に恩恵があるからです。企業側にも何かメリットがあるような仕組みと、彼らがお金を出して、これはペイするよねと思わせる、そのような戦略次第でできるのではと思っています。外資だと社員を守るために必要だと力を入れるのですが、日本企業ではなかなかそうはいきませんので、我々が攻める戦略の中で日本企業が最初に出てくるかというと、正直ほぼ出てこないとうのが難しいところですね。今回の助成で初めてトヨタみたいな大きなところと接点を持てたので、我々も驚いている部分もありました。

髙岡 阿部さんの視点は、どうやって目の前の困っている人たちに届けたいものを届けるかというところをとても大事になさっていて、人材育成もされている。櫻井さんは日常にビジネススキームやテクノスキームを使って、気づいたらサービスが溶け込んでいたみたいな形を想定している。双方、一緒に組めるところもありそうだなと思いました。

児童虐待に関してアメリカの例を挙げると、性虐待を見つけるときのデータを分析すると虐待を受けた子どもが自分からそれを開示することはあまりなくて、むしろAちゃんがあんなことされているらしいよ、と友だちが言っているのを聞いて通告に上がることが多いということがわかります。特に中高生たちは発達的に先生は「うざい」と思っているから話さないですし、親にも話しません。

ではどうしたらいいかというと、性教育のときにデートDVを受けたら誰に相談すればいいかというところも必ず入れておくことです。本人がDVを受けていなくても、周りに相談したときにつながれるような枠組みのほうが、むしろ効果があるという研究結果が出ています。本人に直接届けるわけではなくて周辺からじわじわいくというスタイルは、新しい時代のスキームとしていい方向性なのではと思います。櫻井さんの知見と阿部さんの経験の蓄積は両方とても大事なので、一緒にやっていくスキームを組むと、かなりパワフルなインパクトを生みそうだなと思い、ワクワクしながら聞いていました。

阿部 ありがとうございます。お力を貸していただけたらとても心強いです。

ZOOM

テックを活用した教育の可能性

櫻井 男性同士で話しているときにこういう話題になったことが一度もないのですが、女性と話しているときに、実は誰々ってDVされているらしいよ、というような話を聞いて、あの男性はそういう人なんだというのを初めて知ることがあります。つまり男性はカップルとして女性といるときと、男同士でいるときは全然違うというのをここ数年実感していて、このような話を聞くたびに、そういう実態が男性陣はあまり見えていないというのが結構大きいかもしれないと思いますね。

髙岡 私は心理の分野を大学で学んできたので、男性同士でも結構デートDVなどの話をしました。授業で習ったことについて友だちと話すので、それって彼女にしたらDVになるよねとか、こういうのはいけないよねというような会話が日常的にありました。でもそれはある意味特殊な例なのかもしれません。そういった情報に触れる頻度を増やす、まさに櫻井さんがおっしゃったように日常に溶け込ませるというのはかなり大事だなと思います。感度が上がっていると、駅にポスターが貼ってあったなとか、相談したいときは東京都ではここに電話をするんだとか、そういうことを意識できるかもしれません。こういうことはやはり初期教育がかなり重要です。

阿部 その通りで、教育に取り込んでいく転換期なのかなと思うのですが、今の先生たちである大人世代がそのような教育を受けてきていないので、なかなか難しいんです。

髙岡 今ある既存の教育にそれをお願いするのは、エクストラの業務になってしまうのでなかなか難しいかもしれませんが、海外では幼稚園から性教育をしています。はじめはNPOなどがやっていて、結果的に価値が認められて教育に取り込まれていくような感じだったと思いますので、日本でもそのようになるといいですね。

会社を立てる前に仲間とNPOで活動をしていた頃、「学術たん」という勉強系のbotのようなツイッターアカウントがたくさんあって、子ども虐待対応のアカウントを作って運営していました。リターゲティングなども含めて定期的にツイートをしていくと結構リツイートがついていました。何がインパクトがあるのかなと分析していたときに、もし友達がそういうことにあったら、どういうふうに話を聞いたらいいかというような、ちょっとした情報がたくさんリツイートされるので、具体的に相談できる連絡先がわかる3分程の動画をYouTubeに載せて、それを見てもらったらどこに電話をしたらいいかわかるようにしました。困っている人にこんなYouTubeがあるよ、と伝えてもらう形でつなげてもらったところ、「にんしんSOS」の方に、動画を見て来ました、というような相談が増えましたと言われました。動画を見た病院や学校の先生から聞いたという人もいたようですが、デファクトスタンダードを取るような枠組みで、テックとしてSNSを活用すれば既存の先生とやれることもあるでしょうね。

櫻井 私は自分の中で使っているフレーズがあって、マインドセット介入と環境介入と呼んでいます。インドでレイプ予防の問題に取り組んでいるときもそうなのですが、99・9%みんなマインドセット、教育にどう介入するかみたいな話をします。

でも、一方で環境をどうつくるか。要は犯罪者が犯罪をするハードルを上げるための環境を作るとか、デートDVをしたくならないような環境を作るみたいなことも同時に考えることが大切だと思います。例えば、中学生から大学生くらいの若いカップルに対して、そういう行為はダサイという認識にどうやったら持っていけるかという発想。若者に人気のインフルエンサーがそういう話をふいにしてくれるとか。DVしてたなんて超ダサイとか、もうあいつと遊ぶのはやめようぜとか、そういう話がインフルエンサーから出るだけで、若い人にとってはかなり強いインパクトがありそうだなと。少し違う角度からのアプローチをして、そういう行為をしにくい環境を作るというのは、一つの発想としてあってもいいのかなと思いました。

髙岡 それはかなり面白いですね。薬物依存のポスターで「ダメ。ゼッタイ。」とか「かっこ悪い」というフレーズがありますよね。その発想にすごく近いと思うのですが、それをより良く変えていくとすると、「ダメ。ゼッタイ。」はインパクトがあるけれども、そうすると言うことをためらって隠してしまうところもあるかもしれないので、もし支援が必要なときや、繋がったほうがいいかもしれないというときに行き先を広げていくようなインパクトに変えていくと、もっといいと思います。

阿部 中学生100人を前にして、私が「嫌よ嫌よは……」と言って、その先を知っていますかと聞くと、口を揃えて「好きのうち」と答えるんです。これは昭和の時代のインパクトですよね。それが令和の時代にもまだ残っている。だから、「嫌よ嫌よは好きのうちと思ったら、みんなが性暴力をしていいことになるんだよ。そうじゃなくて、『嫌よ嫌よは嫌なんです』って覚えてね」、と中高校生たちに話しています。なので、髙岡さんと櫻井さんの素敵なお話を実現させて、この昭和の負の遺産を何とかして打ち砕いてほしいなと思います。

髙岡 声を揃えて言ってもらうのなら、何人が「好きのうち」と言ったのか見える化したいですね。音声のボリュームでもいいし、単語も自動で拾えるようならワードクラウドでもいいかもしれません。そうすれば、あてつけではないですが、何人くらいレイプの強要やDV被害者になりそうな人が潜在的にいるかもしれないということが可視化できます。「好きのうち」と言った人たちが悪いわけではなく、知らなかったからこそそうなっているので、どうしたらより良く変えられるか、またはそういうことが起こったらどうするのかというような話ができると、自分ごと化して考えられると思います。

阿部 そうですね。今だったら技術を駆使して、髙岡さんがおっしゃったように数に見える化してアピールさせて、自分ごと化させていくようなサイクルができる、今だからこそできるんじゃないかなと思いました。

事業の持続可能性とマネタイズ

髙岡 一つ質問させてください。マネタイズのところで行政と組むか企業と組むか、やはりサービスの持続可能性を考えるときにはそういったところはものすごく重要だなと思っています。海外だとESG投資やソーシャルインパクトの部分が少しずつ進んできて、お金も入ってくるけれども、日本はまさにこれからそういったところを変えていかないといけない時期になってきています。僕らは社会課題に向き合っていくステークホルダーとして、どんなことができたら持続可能なお金を取っていけるか、または社会に価値を与えられた時に対価としてお金を得て事業を継続させられるか、そこは大事なキーになるかなと思うので、お二人のお考えを伺えたらありがたいです。

─私もそれはとても重要な問題だと思っています。助成財団は一時的な支援はできるのですが、助成プロジェクトは2~3年ほどで終わってしまいます。そのプロジェクトが5年後や10年後に続いているのか、どういう形で発展したのか、それとも終わってしまったのか、そういうところも含めて私たちは見ていきたいと思っていますし、より良い形で社会に貢献できるように皆さんのプロジェクトに発展していっていただきたいと思っています。

そのときにマネタイズの問題と、どのような支援が必要なのか、あとは皆さんのように実践を軸にやっている人たちと、もしかしたら研究にフィールドを置いている人たちの知見がそこにもう一度介入していって持続させる仕組みになっていくのか、そのあたりについてのお考えなどもお聞かせいただきたいです。

阿部 私たちの相談事業について事業検証するために、自然言語解析を入れてエビデンスにすることが必要だと言われているので、それに挑戦しようと思ってはいますが、本当に持続していくかどうかとても不安なところはあります。でも、やりっぱなしだとそれは自己満足になってしまいますし、持続可能にしていかなかったら社会を変えることにはつながらないと思います。

エビデンスを取ったり検証することをNPOの仕事にどう入れていくかということを考えてきた中で、デートDVの予防教育の効果測定調査というのを、社会的インパクト評価としてやってみました。どうにかして実証していきたいと思っていますが、その先に本当につながるのかどうか。私から見ると髙岡さんはものすごい事業家に見えるので、そのノウハウを教えていただきたいです。うちはこれでご飯を食べられている人がいないので、ぜひそうできるようになりたいと思っています。

髙岡 スタートアップ庁創設の準備がされていたり、リスクマネー供給拡大の重要性について言及したり、政府としてもスタートアップ推進に大きく動き出そうとしているとは思うのですが、一方でスタートアップや事業化することは大きなリスクも伴うので、ご飯が食べられる以前に会社が潰れ、負債を負ってしまうといった事態もあります。

支援のためのお金ということで考えると、トヨタ財団にはさまざまな助成プログラムがありますが、各フェーズに応じ、実証実験から事業化に向けたフィージビリティの評価があっても面白いかなと思っています。研究は0から1を作るのと1から1000にするのでは主眼におく力点のベースが違います。JSTのような大型予算はそのあたりを分けていますが、何をもってフィージビリティを評価するかというフレーム自体がまだあまり醸成されてないような気がしているので、場合によってはシード/アーリー期に支援するような助成金があってもいいのでは。フィージビリティが高いと評価されたところには、5年や10年の長いスパンで助成できるようなフレームがあれば、世の中全体を変えるような取り組みには財団の皆さんも一緒に巻き込めると面白いのかなと、ジャストアイディアですが思いました。

櫻井 我々は非常に優秀なエンジニアをヘッドハンティングしてくる、かつ非営利型の法人を作り、いろいろなところと協力しながら作っていくということを最初に決めました。もちろん営利企業としてお金を稼ぐことはできると思うのですが、たとえば髙岡さんの会社のようにサブスク型のサービスを作っていくとなると、今の我々のこのコンセプトで体制を作るのは多分諦めざるを得なくなると思います。
髙岡さんはそもそもどういう戦略計画をされていますか。

髙岡 研究者としてやってきたときのように、元々は外部研究費を獲得して今のプロジェクトをやっていきたいなと思っていたのですが、二つ課題があったと思います。一つ目は予算を取るときには単年度で評価されたり、新規性が高いものしか予算がつかなかった。二つ目は企業と組んでやろうと思ったのですが、企業は顧客管理ソフトを売れればいいという考えになってしまいがちです。それは事業として正しいとは思うのですが、子どもを守る社会はどうあるべきかというビジョンに共感して一緒にやっていくことが想像しづらかったので、スタートアップとして自分たちでやっていくことになりました。ただ、残念ながら福祉系の事業だとなかなかお金にならないという市場になっているので、本当にやるの? となってしまうのですが、櫻井さんと阿部さんのお話がとても良いなと思うのは、いろいろな人やセクターを巻き込んでいくことを考えておられるところです。

ゼブラかユニコーンかという例えがありますよね。社会課題に寄り添ってゆっくりやっていくゼブラか、ちょっと赤字が起こるかもしれないけれども、大企業を飛びまわるユニコーンか。でもそうではなくて、一緒にいろいろなステークホルダーが関わっていくゼニコーンみたいな感じが社会課題にとって大事かなと思っています。そこにはテックが関わっていくけれども、ゼブラだけだと、それが悪いわけではありませんが、中小企業だけになってしまう。そうするとほとんどシナジーが生まれないので、そこで事業提携をしたり、餅は餅屋に任せて一緒に連携していくようなスキームを作っていくことで、持続可能性を担保できるし、キャッシュアウトしてしまうところを防ぐようなリスクヘッジになると思っています。

戦略計画としてはソーシャル系サービスは社会になくてはならないインフラや福祉なので、政策方針・経済合理性・サービスの価値をつなげ、そこを担保できることがウェルビーングを高めることにつながります。キャピタリズムの中でも、ソーシャルキャピタルと地域の関係性が、住みやすい自治体、住みやすい地域というところにつながっていくと思うので、会社のコミュニティだけではなくて、生活空間の中に少し広げていけるようなサービスを、いろいろなスタートアップと組んで、そういったところを解決できるスキームを考えています。

櫻井 なるほど。IT企業はいわゆるキャッシュエンジンを持ちつつ、自分たちがやりたいところに投資してガンガン伸ばしていくパターンが多いなと思っていて、少し前だとリスクマネーやエクイティを最初から新しいところに根源的に投資していくのもありました。御社はキャッシュエンジンを育てながらやりたいこととやるべきことをちゃんとやっていると思うのですが、そうすると今、福祉の領域は特にキャッシュエンジンは自治体などに依存せざるを得ないのではないかと思っています。例えば自治体からだと毎月お金が振り込まれるのではなくて、プロジェクトが終わった後に一括で振り込まれると聞いたことがあります。細かい話ですが、持続可能性を考えたときにソーシャルベンチャーにとってこの点はとても重要なことだと思うのですが、いかがでしょうか。

髙岡 SaaS型などであれば、月額払いの相談も可能です。むしろその成果を何をもって測るかというときに、サービス提供をし続けているものなので、それに対して分割して支払うということは行政の中でも論理として通る形になります。ですから、提供する価値の部分のロジックを現場の方々と一緒に作り組むことが大事かなと思います。やはりエビデンスがあるから使うということになるので、そこは阿部さんがおっしゃったようにインパクト評価などがベースになってくると思いますが、最初のシード期にいかにエビデンスを作っていくかというところが結構重要になるのかなと思いました。

政策提言に向けたスキーム

─社会課題の解決に向けていろいろな人たちを巻き込みつつ、実践と研究を繰り返し、最終的に政策提言などを行えれば大きなインパクトにつながるのではないかと思います。そこに向かうために必要なものや、こういうところが困っているといったようなことはありますか。

阿部 私たちの相談システムを売り込むために、47都道府県どこの自治体にでも電話をかけて営業をしています。両手くらいの行政委託事業を取らないとまわっていかないと思っているので、そのためには知らせるしかありません。一生懸命電話をかけて、独自でやっているチャット相談システムなので安全だしお得ですから、お宅の自治体独自でモデル事業をしませんか、と宣伝します。私たちが政策提言をしてエビデンスを取ったからといって、自治体は「はい、わかりました。では導入します」というようなことはなくて、お金がないんですっていう人だったり、熱意など、実はそういうものが入り口になりやすいかなと感じています。

髙岡 おっしゃる通りですね。あとはよその自治体でもやっているかということをとても大事にされているように思います。それから現場の共感を得られるかというところと、政策に合うかどうかのフィージビリティをとても大事にされていると思っています。一方でメリットとしては、価値を感じていただくと年間を通してサービスを使っていただけるので、価値を出していくような現場とタッグを組んでいくような座組の生成が本当に大事だなと思っています。

そのためには足りないところが二つあって、ひとつはいわゆる人材の採用のHRです。あとは持続的に自治体と話をし続けるための資金的な体力が必須です。自治体は年に1回しか商談のチャンスがありません。これがtoCや企業と大きく違う点になっていますので、1年耐えられるかというところは非常に重要になってきます。
櫻井さんは将来的に政策提言につなげていきたいというときに、こういう絵を描いていらっしゃるというのはありますか。

櫻井 先程申し上げたNPOに協力していただいてという座組では、正直に言うと相談受付率を100%にできないのではないかと最近思い始めています。というのも、カウンセラーや臨床心理士、精神科医など我々が手を取り合って進める必要があるプロの皆さんは、我々が見えないリスクを敏感に感じ取ることができるので、ZIAIが取り組む新施策に対して懸念を示されることも多く、技術的にはすぐに実現できるのに、なかなか導入できないケースが多いからです。やはりリスクを伴うものなので、反対されることがとても多いです。相談者に対して応答前の事前質問を1個加えるだけでも半年や1年かかります。この状態で想定した期限内に目標を達成できるかなと考えたときに、多分難しいよねと話をしています。

今回、同時並行で進めようとしているのが、国全体の相談窓口を一本化するトリアージの戦略です。SNS相談は一瞬で一本化できます。

阿部 いのちの電話への若年層からの電話がものすごく減っている、だからSNSが必要であると新聞で読みました。今時の子は電話なんてしないですからね。

櫻井 それもありますし、相談窓口への電話の接続率が5%ほど、場合によっては2%くらいで、かけてもつながらないんですよ。

阿部 デートDV110番のチャット相談は都道府県ごとになっています。なぜかと言うと、今のところまだ国がお金を出してくれないので、都道府県からまず進めようということになったからです。オンラインであれば全世界どこからでもつながれるのに、千葉県の人は千葉県でしか受け付けませんなんてナンセンスです。デートDVは遠距離で交際していても起きていますから、都道府県なんて当然超えています。だから国レベルでやらないといけませんし、日本語だけでやる必要もありません。チャットだったら翻訳、変換していけばいいだけのことですから。でもそんなに簡単に国は動いてくれません。DV、虐待、ストーカー、セクハラ、リベンジポルノ、これらはどれも関連する法律がありますが、デートDVは未だに法律になっていません。政策提言をして国を動かすためにもNPOの全国ネットワークを作りましたが、国を動かすってものすごく大変だと実感しています。

櫻井 自殺予防も、たしかここ10年くらいでようやく取り組みが認められて、助成金が出るようになったみたいです。この界隈の先輩と話していると、最初5年くらいは無給でやったという話を聞きます。多分彼らが悪戦苦闘してきた道を、今デートDVを主戦場に置いている阿部さんが戦っておられるんでしょうね。

髙岡 日本国憲法の第16条に請願権というのがあり、何かを変えていくためにこうやっていきたいので審査していただきたいと請願する権利を国民一人ひとりが持っています。ただし一人の請願だけではつながらないので、Change.orgや署名などで社会を動かしていったり、政治家たちとつながっていくようなやり方もあると思います。

阿部さんのデートDVを何とかしたいというところと、櫻井さんがおっしゃった自殺念慮まで変えていきたいというところは、総じて社会を良くしていくことに近いなと思っています。それぞれの団体が誰を巻き込むかではなくて、Facebookのような考え方ですが、僕と阿部さんと櫻井さんがつながったら、それぞれの思いに共感してつながって一緒に仲間になれて巻き込んでいけるみたいなスキームがあったらすごいなと、あくまでイメージですが、そんなふうに思いながら聞いていました。

櫻井 あとやはりPRもとても大事で、人が何を欲しているか、それに対して何を守らなければいけないかというところをセットで考えると、組む戦略の相手が見えてくるかもしれませんね。

髙岡 ああなるほど。面白いですね。僕は阿部さんはマッチングアプリと組むといいかなと思いました。海外だと、マッチングアプリを運営している会社がDVや、虐待かどうか、薬物依存があるかといったデータを持っていて、こういう人たちがマッチングすると危ないというところはマッチングさせないようにしたりしていますし、それによってDVをどれくらい減らせたというようなデータを出していたりします。

実践者・研究者、それぞれの視点から

─いろいろなお話をありがとうございました。ここまでを振り返りますと、どうやったら一番繋がって欲しい人に繋がれるか、そこから自分ごと化するためにはどうしていったらいいか、あとは昭和の声を令和風に表現してみんなに伝えるためにはテックの力が使えるのではという話もありました。持続可能な体制作りをどうしていったらいいか、さらにはそれをマネタイズの面でどうしていったらいいか、そしてその先に自治体や地域の人、実践者も研究者もいたりして、そういう人たちをどう繋げていって自分たちがやりたいこと、そして社会課題を解決するためにどうしたらいいかということもお話いただきました。最後のPRの件も大変興味深くてもう少しお聞きしたいのですが、時間が来てしまいましたので最後に一言ずつお願いいたします。

髙岡 普段自社事業の中で、どうやって広げていくかとか、価値を出していけるかというところを考えていることが多かったので、今日は同じように社会課題を解決されようとしているお二人と、仲間というか戦友のような感じでお話させていただきました。何かを変えていくときには人の力、そして熱量を僕は信じているところがあります。そういう面でも今日いろいろなアイディアをお話させていただいて、ちょっと俯瞰して見ないといけないなと改めて思いました。

阿部 たくさんのアイディアをいただきありがとうございました。テクノロジーの方面から私が提案することはできませんが、皆さんと何かできたらいいなと思いながら、ブレインストーミングのような時間でとても有意義でした。何かされるときはぜひ私も巻き込んでください。

櫻井 今日本でやっているZIAIという活動に関しても、インドでやっている活動についても大変勉強になった時間だったと思います。自分は研究者というより実践者のほうがマインドとしては多いなと改めて感じました。私自身が実践する中で、結果的に後からみるとこれは研究だったなという、実践ありきの研究がとても重要だと捉えていたので、今日お二方の話をお聞きしながら、引き続き実践を頑張ろうと思いなおせた時間になりました。

─今日をきっかけに今後コミュニケーションを取っていただいて、もし新しいプロジェクトが始まりそうになったときは、ぜひ私たちも巻き込んでいただければと思います。お三方でしたら新しいことができそうですし、人を巻き込むためのプラットフォームみたいなものもできるのではないかと思いました。日本社会をより良くするために、皆さんの熱量をこれからも存分に発揮していっていただきたいと思います。私たちは後方支援しかできませんが、皆さんのプロジェクトを応援させていただいておりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.40掲載(加筆web版)
発行日:2022年10月20日

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