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「近現代建築物の『記憶』を保存し未来につなげる」台湾の古都・台南市を訪ねて

国立台湾文学館:日本統治時代の1916年に台南州庁として建設され、戦後は台南市庁舎などとして使われたのち、現在は文学博物館として市民に親しまれている。台湾を代表する近現代建築物の活用事例のひとつ。
国立台湾文学館:日本統治時代の1916年に台南州庁として建設され、戦後は台南市庁舎などとして使われたのち、現在は文学博物館として市民に親しまれている。台湾を代表する近現代建築物の活用事例のひとつ。

取材・執筆:沖山尚美(プログラムオフィサー)

「近現代建築物の「記憶」を保存し未来につなげる」台湾の古都・台南市を訪ねて

今号の「おじゃまします」は、2024年度国際助成プログラム「文化遺産としての近現代建築物の保存活用にむけた学びあいと人的ネットワーク構築」の活動の一部をご紹介します。

本プロジェクトは内容を要約すれば、台湾と日本という地震多発国・地域における近現代建築物の保存活用事例の学びあいを通して、文化遺産としての価値を持つ近現代建築物の保存活用にむけた調査研究と人的ネットワーク構築を行い、台湾と日本の関係のさらなる深化と発展を目指すプロジェクトということになります。

さて、本プロジェクト活動の一環として、2025年7月に日本側から建築学の研究者、建築系事務所、イラストレーターや写真家など、近現代建築物の保存に情熱を傾ける総勢15名のプロジェクトメンバーが台湾南部の歴史ある都市・台南を訪問しました。私もこのワークショップ・視察調査に同行し、プロジェクトメンバーの方々から、現地であればこその有意義なお話をお聞きすることができましたので、ここにご報告を兼ね、共有させていただきたいと思います。

[訪問地]
台湾・台南市
[助成題目]
2024年度 国際助成プログラム
文化遺産としての近現代建築物の保存活用にむけた学びあいと人的ネットワーク構築

文化・歴史の交流の拠点としての近現代建築

台南市美術館1号館:日本統治時代の警察署をリノベーション。レトロな雰囲気のある美術館として人気を集めている。
台南市美術館1号館:日本統治時代の警察署をリノベーション。レトロな雰囲気のある美術館として人気を集めている。

この場合の近現代建築物とは、一般的に日本では「明治時代以降(1868年〜)に建てられた建築物や土木構造物」、台湾では「日本統治時代以降(1895年〜)に建てられた建築物」のことを指します。

そんな近現代建築物には、レンガ造りやアール・デコ様式などの往時を思い起こさせる個性的でレトロな趣のあるデザインのものが多くあります。これらの建造物は、伝統的な神社仏閣や築数百年の古民家などの木造建築物とは異なる材料や工法が用いられているため、それらとは異なる修理や保存の技術が必要となります。補修を繰り返しながら現代社会の中でも実用に供されているものも多いため、所有者や利用者との調整や経済性の検討などが求められるケースが多々あり、それらの歴史的建造物をいかに保存し活用していくかが社会的課題として問われています。

台湾では、台湾の歴史の独自性やその積み重ねを大切にするという国の方針の一環として古蹟保存に力を入れていて、近現代建築物保存のための施策や制度なども日本よりも進んでいるようです。それには国定、直轄市指定、県(市)指定の三つの分類があり、特に県(市)指定の古蹟は地域の暮らしに根付き、人々に愛されながら活用されています。

国定の近現代建築物の活用事例の代表的なものとして、台北の総督府や中山堂などはよく知られていますが、台南にも多くの近現代建築物があります。台南は1624年のオランダ人到来から清朝統治時代を経て日本統治時代の1895年に台北に首都機能を移転するまでのあいだ、台湾の社会経済文化の中心地として栄えた歴史があり(日本でいう京都のような古都の位置づけだという人もいます)、伝統・文化が色濃く残るまちとして、多くの歴史的建造物や遺跡が存在しています。そしてそれらが現代にまで受け継がれ、建設当時とは使途や目的のまったく異なる施設として多くの人々に利用されています。

今回私たちも訪れることができた、日本統治時代(1895〜1945年)に建設された台南州庁を国立台湾文学館として、また台南警察署を台南市美術館として活用しているのはその一例。古蹟は単に過去の記憶の記録だけではなく、現代の市民生活や地域社会における歴史との対話、文化と交流の拠点として重要な役割を担っているのです。

さらにいえば、これらの歴史ある建築物は地元の人々だけでなく、国内外の多くのレトロ建築ファンを魅了しています。台湾を訪れる旅行者の中には、これらの歴史と独特な趣のある建築物の鑑賞を目当てに足を運ぶ人も少なくありません。近現代建築物は台湾の観光振興にも一役かっていると言うことができるのです。

過去の記憶を現在と未来につなげる

プロジェクト代表であり、本ワークショップ参加者の一人である京都大学教授 ・荒木慶一氏によると、台湾に近現代建築物が多く残っている一つの背景として、日本は高度経済成長の時代に多くの建物が取り壊され、建て替えられてしまいましたが、台湾は経済成長期のタイミングが日本よりも遅かったために古い建物を修繕しながら大切に使い続け、その後台湾が経済成長を経験した頃にはそれらの建物は築50年以上が経ち、経年の価値が高まっており、古いからすぐに取り壊したほうがよいというより、まずは保存の対象として検討するという社会状況があったとのことです。

確かに高度経済成長期の日本は右肩上がりの勢いで、新しいものはよいものだという風潮が高まり、街では常に工事が行われ、昔からあった古い建物は次々と取り壊され、その跡地に新しいビルが建ち並び、街の風景を塗り替え続けてきた時代でもありました。街は活気に沸いていたかもしれませんが、その陰で長い間大切に使われてきた歴史ある貴重な建物が、ほとんど顧みられることなく取り壊されていったかと思うと、少し残念で寂しいような気もします。翻って、ゆっくりと経済成長を迎えた台湾のほうが、結果的に一度作られた大切なもの(建築物)を残す余地があったといえるのかもしれません。

近現代建築物の保存と活用の社会的なインパクトについて、やはりワークショップ参加者の一人、名古屋大学教授の西澤泰彦氏にお話をうかがってみたところ、とても端的で腑に落ちるご説明をいただくことができました。

西澤氏によると、近現代建築物を保存し活用することの社会的な意味は、一つは環境を守るというハード面の視点があると言います。古いものを壊して建て直す“スクラップ・アンド・ビルド”は環境負荷が大きいが、古いものを修繕して使い続けることは広い意味で環境保全につながるということです。これは今後ますます注目される指標になるのではないかと思います。

もう一つは、歴史ある建物をスクラップ・アンド・ビルドすることで地域の人々の記憶や経験もスクラップされてしまうというソフト面の課題です。地域に愛され、日常の一部になっていた建物が取り壊されるのは、その場所にまつわるコミュニティの記憶や経験もスクラップされてしまうということ。記憶の断絶につながるということなのです。

また、立命館大学准教授の山出美弥氏も、社会的建造物は地域の人々の誇りや絆などの記憶の共有の場として大きな意味があり、これらの建築物の在り方を地域参加型で話し合い、いかに保存活用するのか、または検討の結果取り壊し、新しいものをつくることにするのかを考えることは、地域の在り方を考えることそのものにつながる、と話してくださいました。これも大変意味のあるもっともなご指摘だと思います。

建築物の保護と活用を通じた社会課題への取り組み

成功大学:旧日本軍の施設を大学の校舎として再利用(成功大学という名前は、台湾の国民的英雄の一人ともいわれる鄭成功からとったもの)。
成功大学:旧日本軍の施設を大学の校舎として再利用(成功大学という名前は、台湾の国民的英雄の一人ともいわれる鄭成功からとったもの)。

ところで、台湾側メンバーである中原大学・黄俊銘副教授によると、台湾では古い建物は“老人”に譬えられるそうです。老朽化による損傷はありますが、それ以上に多くの記憶や経験、文化が蓄積された存在として、古い建物は敬意をもって扱うべきものとされているのだとか。人々による建築物の保存活動は日本各地でも見ることができますが、台湾でも、古い建物の取り壊しに対して市民が反対運動をおこし、計画が見直されることも珍しくないとのことです。

そのうえで黄俊銘副教授は、台湾の特殊性のひとつとして、その複雑な歴史の積み重ねを挙げていました。これらの近現代建築物は、清、オランダ、日本の統治を経た社会背景や地域の経験を映し出していると考えられると言います。そうした“積み重ね”を文化の表現としてだけでなく、社会の多様な経験や歴史の蓄積として受け止めているのだと。「古い建物は誰かの所有物であると同時に、地域の記憶であり、社会が共有すべき歴史の一部でもあるのです」という言葉が強く印象に残りました。
 

成功大学には1923年に当時皇太子だった昭和天皇が植樹を行ったガジュマルの木が大きく枝を広げている(撮影:菅野耕希氏)。
成功大学には1923年に当時皇太子だった昭和天皇が植樹を行ったガジュマルの木が大きく枝を広げている(撮影:菅野耕希氏)。

振り返って私の住む地域を思い返すと、確かにまちのところどころに歴史的文化財として指定されている建築物があり、市民の家や文化施設、食事処やイベント会場などとして活用されていて、私も時々利用することがあります。新しい建物の快適さもいいですが、長年使われてきた味わいのある建物に集うとき、どことなく優しくアットホームな雰囲気がうまれ、初めて会う人にも心を開きやすく、会話がうまれやすい空気感を作ってくれる気がします。

今回の視察に同行させていただいたことは、そんな観点からも、自分の住む地域の近現代建造物の価値を改めて意識するきっかけとなりました。私にとって、現地で「学びあう」ことの意義もそんな認識から始まる気がした、今回の視察の旅となりました。
 

今後、プロジェクトでは2025年11月に台湾の方々を名古屋と京都に迎え、日本の近現代建築物を紹介する予定です。旧名古屋控訴院(1922年竣工、煉瓦造)、豊田佐助邸(1923年、木造)などの建築物を実際に訪れながら対話を深めていきます。学びあいの内容は、写真やイラストを交えた報告としてとりまとめ、広くインターネット等で公開される予定です。近現代建築物の保護と活用を通じた社会課題への取り組みを考える台湾と日本の学びあいと交流が、これからどのように育っていくのか。今後の展開を楽しみにしています。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.49掲載
発行日:2025年10月21日

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