国内助成
review
書評
2022年度国際助成プログラム「日本と出身国を往来する移民の子どもの社会再統合を見据えた言語教育─母語・公用語の補習教室を地域の『多文化共生』の拠点に」(代表者:田中雅子氏)の成果物として発行された書籍について、式部絢子氏に書評をいただきました。
田中雅子氏の活動についてはこちらの寄稿をご覧ください。
〈書籍情報〉
- 書名
- 移動する子どもたちのことばの教育
- 編著
- 田中雅子・坂本光代
- 発行
- 明石書店
- 定価
- 3,850円(税込)
〈助成対象者情報〉
- [プログラム]
- 2022年度 国際助成プログラム
- [助成題目]
- 日本と出身国を往来する移民の子どもの社会再統合を見据えた言語教育 ―母語・公用語の補習教室を地域の「多文化共生」の拠点に

- [代表者]
- 田中雅子
移動する子どもたちの〈ことば〉が揺さぶる、私たちの言語観
執筆者 ◉ 式部絢子(北海道大学非常勤講師)
- [プログラム]
- 2018年度 国内助成プログラム
- [助成題目]
- 外国人と交流から共生へ ―ちっぷべつ町多文化共生への挑戦

- [代表者]
- 式部絢子(北海道大学非常勤講師)
本書は、「母語・母国語・継承語」をキーワードに、複数の言語・文化環境の中で育つ「移動する子どもたち」の〈ことば〉と教育のあり方における研究成果をまとめた一冊です。研究者に加え、当事者や教育実践者など多様な立場の人々が関わり、プロジェクト報告、インタビュー、調査、ドキュメンタリー映画と多角的な方法で現状が描かれています。
私は、多文化共生社会の地域づくりを目的とした日本語教育に携わっています。ムスリム系インターナショナルスクールでの日本語クラス運営と、自治体主催の学習支援活動を通して、移動する子どもたちと関わっています。子どもたちの多様性は理解しているつもりでしたが、本書を読み、彼らを「日本語教育が必要な子どもたち」として、日本語という側面から捉えていた部分が多かったことに気づかされました。
本書の中心的テーマは、日本と出身国を往来する移民の子どもたちを取り巻く「母語・母国語・継承語」を再考し、教育のあるべき姿を考えることにあります。言語活動は単なるコミュニケーション手段ではなく、言語に付随するイデオロギーやアイデンティティ、家族やエスニシティ・コミュニティからの期待などが複雑に絡み合っています。本書は、その重なりをさまざまな立場から示しています。
理論的枠組みとして紹介される「トランスリンガリズム」は、言語を固定的な体系ではなく、人が持つ資源やレパートリーとして捉える視点です。さらに、場にあるモノやニオイといった要素も意味生成に関わるとする「メトロリンガリズム」や、そこから生まれた「ちょっと性(chottoness)」という概念は、人々が多様な資源を組み合わせて生きていることを肯定的に示します。自分を「モノリンガル」と感じている私は、移民的背景─混じり合った言語・文化の世界─への参加を歓迎してくれているようで、嬉しくなりました。
一方で、本書は理想論に留まりません。第6章では、ブラジルにルーツを持つ日本生まれ日本育ちの方の経験が語られ、10年経っても変わらない課題が示されます。第10章では、社会制度の隙間で、移民の子どもたちの存在が透明化されかねない現実を突きつけられます。マジョリティとして日本社会に生きる自分が、いかに表層的な理解で留まっていたかを痛感しました。
第12章では、ネパールを中心とした若者の言語使用調査が報告され、これまでの移民の特徴との違いや、地域によって母語教育の充実度に差があることがわかります。その他の章では、日本国内外で当事者による母語・継承語の実践が紹介され、最終章では、国際人権規約の視点から、母語・継承語教育の指針が示されます。
移動する子どもたちの〈ことば〉から生まれる意味に、地域社会はどのように関わっていくのか。本書はその問いを投げかけると同時に、〈ことば〉の使用者としての自分自身のあり方を見直すきっかけを与えてくれる一冊です。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.51掲載
発行日:2026年4月16日
