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「多文化共生」の先へ─移民の子どもたちのことばをみんなのことばに

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国際助成
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寄稿
「多文化共生」の先へ
兵庫県立芦屋国際中等教育学校の校長室にある生徒の出身国の国旗
兵庫県立芦屋国際中等教育学校の校長室にある生徒の出身国の国旗

著者 ◉ 田中雅子(上智大学総合グローバル学部教員)

[プログラム]
2022年度 国際助成プログラム
[助成題目]
日本と出身国を往来する移民の子どもの社会再統合を見据えた言語教育 ─母語・公用語の補習教室を地域の「多文化共生」の拠点にこのリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
田中雅子(上智大学総合グローバル学部教員)

「多文化共生」の先へ─移民の子どもたちのことばをみんなのことばに

不安を抱えながら生きる移民の子どもたち

日本において移民の子どもの教育と言えば、日本での「社会統合」を目的とした日本語教育だけが重視されているのが現状です。出身国に戻った場合の「社会再統合」は、制度上ほとんど想定されておらず、その結果、出身国の学校教育で必要な母国語の運用能力を維持することは困難な状況にあります。

「子どもの権利条約」は、子どもが自己の文化的アイデンティティ、言語、価値を尊重される権利を有することを明記し、とりわけ少数者や移民の子どもについて、その言語的・文化的背景への配慮を締約国に求めています。日本も締約国の一つですが、移民の子どもの母語教育は、家庭や移民コミュニティに任されており、政府や自治体はほとんど関与していません。日常的な家庭内会話は可能であっても、母語の読み書き能力を十分に身につけていない子どもも少なくありません。

2025年6月末現在の在留外国人統計によれば、18歳未満の子どもは約37万人にのぼり、そのうち4割以上にあたる約15万人が「家族滞在」の在留資格で暮らしています。彼らは、親が仕事を失ったり、亡くなったりすると、在留資格を失います。また、在留資格がない非正規滞在の子どももいます。彼らは、日本生まれであっても、いつまで日本で暮らせるかわからない不安を抱えながら生きているのです。
 

問うべきはホスト社会の制度

名古屋ネパール語教室
名古屋ネパール語教室

私たちが実施したプロジェクトは、移民の子どもたちをとりまく問題を「彼ら=移民側の問題」として捉えるのでなく、「私たち=ホスト社会」の制度やあり方そのものを問い直すことを目的としました。言語教育だけではなく、在留資格制度や、英語以外の言語を軽視してきた外国語教育のあり方、単発のイベントにとどまりがちで人権保障に結びつかない「多文化共生」施策について、批判的に検証することを目指しました。

まず、「外国につながる子どもと若者の言語使用についてのアンケート」調査を行いました。19か国出身の13歳から25歳までの447人が参加してくれました。「母語や母国語の学習の場」に関する質問には、59.3%が「勉強していない」と回答しました。約6割の子どもや若者が、母語・母国語を体系的に学ぶ機会をもっていないことが明らかになりました。地域別に首都圏、関西圏、中京圏を見ると、関西圏では「公立校の母語・母国語授業」と「テキストを使った自宅学習」の回答の割合が他地域より高く、「勉強していない」という回答の割合は低かったです。大阪の府立高校などで母語教育が導入されていることが影響しています。ホスト社会が公立校での母語教育に力を入れれば、移民の子どもたちは学外でも母語学習の意欲を高める可能性が示唆されます。

兵庫県立芦屋国際中等教育学校には、全生徒が多様な言語や文化を学ぶ「芦屋インターナショナル・タイム」という科目があります。2023年度は、中国語、韓国・朝鮮語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、タガログ語、ネパール語の7言語から、生徒は一つ選んで学習していました。ネパール語の場合、授業に参加するのは、ネパール出身の生徒だけではありません。私が見学した際、ネパールのダンスを熱心に学んでいたのはカナダ出身の生徒でした。ネパール出身の生徒は、同級生が自分の言葉を一緒に学ぶことを誇らしく思っているようでした。

みんなでみんなのことばを学び合う

『移動する子どもたちのことばの教育─多様なアクターによる母語・継承語教育の現在と未来』
『移動する子どもたちのことばの教育─多様なアクターによる母語・継承語教育の現在と未来』(田中雅子・坂本光代編著、明石書店、2025年)
本助成プログラムの成果物となる本書は、2018年度国内助成プログラム「外国人と交流から共生へ ―ちっぷべつ町多文化共生への挑戦」代表の式部絢子氏より、書評をお寄せいただいています。書評ページも併せてご覧ください。

山口県や福岡県を中心に「まちライブラリー」の活動を展開している一般社団法人多言語図書館は、「地域で暮らす仲間のことばを学ぶ語学学習会」を開催しています。「まちですれ違うとき、挨拶ができる関係になりたい」という気持ちから始まったそうです。ベトナム語、インドネシア語、中国語、ポルトガル語の学習会を行っており、小学生から60歳代まで幅広い年代の人たちが参加しているそうです。

先述の調査結果や各地の実践は、『移動する子どもたちのことばの教育─多様なアクターによる母語・継承語教育の現在と未来』(田中雅子・坂本光代編著、明石書店、2025年)に収録しました。

2026年1月10日に開催した出版記念シンポジウムで愛知県名古屋市のネパール語教室を紹介しました。ここでは移民の子どもだけでなく、日本人の大人も学んでいます。学校で日本語支援をしている人は、子どもたちに日本語を教えるだけでは、関係性が「不公平」だと感じたことがきっかけで、ネパール語教室に通うようになったという経緯を話してくれました。「彼ら」のための母語教室としてだけではなく、「私たち」が変わるためのネパール語教室であることがわかる報告でした。

このシンポジウムで、読者の立場から本書の意義を語ってくださった東京都立大学の松田真希子教授は、子どものアイデンティティ形成において重要なのは「周りがどう変わっていくか」であり、顔の見える親密圏で「みんなでみんなのことばを学び合う」ことが、これからのことばの教育や活動の中心になっていくという話をしてくださいました。

各地で行われている「母語」を越える実践は、ホスト社会の変化を促す場になります。「多文化共生」の先にある試みとして、広めていきたいです。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No. 51掲載
発行日:2026年4月16日

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