公益財団法人トヨタ財団

  • 国際助成
  • 寄稿

ICTを活用した新たなコミュニティ防災のチャレンジ―アジア市民防災リーダー育成プログラムの活動を通じて

kokusai
国際助成
contribution
寄稿
アジア市民防災推進会議(ACDRI)の設立(2024年1月)
アジア市民防災推進会議(ACDRI)の設立(2024年1月)
アジア市民防災推進会議(ACDRI)の設立(2024年1月)

著者 ◉ 川脇康生(関西国際大学)

[プログラム]
2023 国際助成プログラム
[助成題目]
アジアにおける市民防災エンパワメントプログラムの共同開発
[代表者]
川脇康生(関西国際大学)

ICTを活用した新たなコミュニティ防災のチャレンジ―アジア市民防災リーダー育成プログラムの活動を通じて

地域の防災リーダー育成の持続的取り組みに向けて

東南アジア諸国は、繰り返し発生する災害によって持続的発展が阻害されていると言われている。地域の防災力向上には、河川堤防や砂防ダム、建物の耐震化などハード整備を進めるのと同時に、人々の防災意識を高めたり避難や救助といったコミュニティレベルでの自助・共助の力を養うことも大事である。こうした活動には、多様な地域のステークホルダー(NGO・大学・自治体等)の協働や市民の自律的で継続的な取り組みが求められる。今回の国際助成プログラム「アジアにおける市民防災エンパワメントプログラムの共同開発」はこうした地域活動の核となるコミュニティリーダーの養成を、災害多発国である日本、インドネシア、マレーシアにおいて相互に経験と教訓を共有しつつ共同で推進していこうとするものである。

今回の活動の基盤にはAsian Cooperative Program (ACP)という取り組みがある。ACPは2014年に関西国際大学が東南アジア6カ国の14大学に呼びかけて設立された大学間ネットワークで、安全・安心な社会の実現に貢献できる人材育成を目的としている。ACPは当初から自走式で進められ、特別な外部資金もなく10年以上も続いているのが特徴である。多国籍の学生がプログラムに参加し、現地小学校での防災教育などの協働活動を通じて大きな発見と学びを得ており、その意義が各大学で認められていることが継続の理由の一つとみられる。

今回のトヨタ国際助成金プロジェクトはこうした自走式の大学間ネットワークをベースにしつつ、さらに地域の市民団体やNGO、地方政府などに連携を拡大して、コミュニティリーダーの育成を持続的な活動として進めていこうとするものである。

本稿では昨年9月にインドネシア・ジョグジャカルタで実施した市民ワークショップ「ICTを活用した避難訓練」を紹介し、これまでのプロジェクトの成果と今後の発展方向を述べたい

インドネシア・ジョグジャカルタで実施したICTを活用した避難訓練

ジョゴユダンを襲ったCold Lava災害
ジョゴユダンを襲ったCold Lava災害 

インドネシアの古都ジョグジャカルタは世界最大の仏教遺跡ボロブドゥール寺院やプランバナン寺院遺跡群などの世界遺産で有名であるが、一方でメラピ山の麓に位置し、メラピ山大噴火(2010年)やジャワ島中部地震(2006年)などによる被害をたびたび受けてきたことでも知られている。

今回、ジョグジャカルタの市内を流れるチョデ川に接するジョゴユダン地区において、Cold Lava災害(火山噴火で堆積した火山灰が降雨時、洪水とともに流されてくる)からの避難について、ICT技術を取り入れた訓練を実施した。

訓練の目的はコミュニティリーダーの指揮指導の実践能力を高め、住民の避難意識を高揚させるとともに、地区の自主防災組織(KTBチーム)や地方政府防災局(BPBD)などの組織間の連携を図ることにより、地区の災害対応力を高めることである。

スマホに防災ソフトをインストール
スマホに防災ソフトをインストール

ジョゴユダン地区はジョグジャカルタ中心部に位置する下町で、活気ある地域文化とまとまりのあるコミュニティで知られる地区であるが、一方で高い人口密度、狭い道、階段や坂が点在するなど、災害脆弱性要因が多数存在する地区でもある。これまでから何度もチョデ川からのCold Lava被害に悩まされてきた。とりわけ災害避難に当たっては、高齢者や障碍者などの要支援者をどうやって地区住民が協力して避難させるかが課題となっている。従来からのコミュニティの力を活かしつつ近年発達してきたICTを有効活用することでこうした課題に対処することとなった。

当日、訓練には地区住民、地方政府関係者をはじめ約100名が参加した。参加者は普段のコミュニケーションに用いているSNS(WhatsApp)で稼働するマッピングソフト(GeoBingAn)をインストールし、災害時に必要な情報交換(文字入力や写真・動画アップ)をSNSで行いながら避難訓練を行った。そして、収集され自動的にマッピングされた災害情報をもとに、地方政府防災局や自主防災組織のリーダーは、必要な情報を整理し、SNSを活用して住民へと情報提供(Broadcasting)を行った。

今回の訓練では、ACDRIメンバー大学の学生や専門家も参加し、ソフトのインストールや訓練の企画運営などをサポートした。

住民がスマホで発信したメッセージ・写真・動画とその場所が地図上に自動的にプロットされる
住民がスマホで発信したメッセージ・写真・動画とその場所が地図上に自動的にプロットされる

市民ワークショップでの議論―成果と課題―

市民ワークショップを開催し成果と課題を関係者で共有
市民ワークショップを開催し成果と課題を関係者で共有

避難訓練終了後、市民ワークショップを開催し、訓練結果を、住民・地方政府・専門家たちが一堂に会して振り返り、成果と課題を話し合った。ワークショップには、日本、インドネシア、マレーシア3か国のACDRIメンバーも参加した。

ICTツールを利用するメリットとしては、災害情報には地図や画像情報も共有可能となることから、より多面的で精度の高い情報が瞬時に整理され提示されることである。また、普段使い慣れているSNSやスマホを災害時にコミュニケーションツールとして用いることで、実際の災害時での利用可能性が高まることも明らかになった。

一方で、運用に関わる地区住民や地方政府側のスキルの問題などの課題も明らかになった。インドネシアは元来コミュニティの結束力がつよく、これまでは人と人との直接の対話による情報交換で災害対応してきた経緯がある。地図情報やSNSを有効活用する有益性は大きいものの、新しいソフトに慣れるには時間が必要と思われた。また、地方政府内での災害情報の伝達・共有には音声のみのトランシーバー(ハンドトーキー)や紙媒体による記録整理が中心となっており、こうした地方政府内の災害対策とどう整合させるかが問題となった。

ICTの発達とコミュニティ防災への適用

最近は東南アジア各国においても、人々の日常のコミュニケーションにSNSを使うことが多くなっており、今後もAIの発展やSNS人口の増加などが見込まれることから、SNSを災害時のコミュニケーションツールとして活用することは必要性が高いと考えらえる。しかしこれをいかにして住民や地方政府にとって親和性あるものにしていくかが重要なテーマといえる。

今回のプロジェクトには、現地のガジャマダ大学、アトマジャヤジョグジャカルタ大学といった学術機関やICTコンサルタントが関わった。地方政府や住民たちだけでは難しかった様々な改革が、こうした団体とのネットワークが形成されたことをきっかけに加速していく可能性がある。

ふりかえって日本では近い将来、南海トラフ地震の発生が見込まれており、沿岸部の地域では津波避難に関する様々な課題が浮上している。高齢化に伴う多数の災害弱者をどう避難させるか、コミュニティの希薄化が進むなかどうやって近隣との共助を実現するかなどが議論されている。インドネシアのICTを活用した避難訓練の成果を日本の防災にも応用していく必要がある。
 

ページトップへ