国内助成
contribution
寄稿
著者◉ 猪田有弥(合同会社ローカル・モビリティーズ)
- [助成プログラム]
- 2019年度 国内助成プログラム[そだてる助成]
- [助成題目]
- 村民の“動くを楽しむ”をサポートする、にしあわくらモビリティセンターの立ち上げ
- [代表者]
- 猪田有弥(助成時:西粟倉ローカルライフラボ(地域おこし協力隊)研究生。2023年現在:合同会社ローカル・モビリティーズ)
村民の“動くを楽しむ”をサポートする、にしあわくらモビリティセンターの立ち上げ
背景:中山間地域の移動課題を分野横断でとらえ、ワンストップで解決するしくみをつくりたい
「にしあわくらモビリティプロジェクト」は、西粟倉村及び中山間地域の移動の課題を解決する移動の仕組みづくりのためには中山間地域の移動課題を分野横断でとらえ、ワンストップで解決する“モビリティセンター"が必要と考え、岡山県西粟倉村で地域おこし協力隊(当時)をしていたプロジェクト代表である筆者(猪田有弥)が、協力隊1年目に立ち上げたプロジェクト(任意団体)です。
代表は、前職で全国自治体の総合振興計画、地域福祉計画や介護保険事業計画といった福祉系の計画策定支援などに携わっていました。会議や担当者ヒアリングなどで、担当者から必ず出てきたフレーズが「うちの地域の課題は移動のことなんです」。これだけどこでも言われているのであれば、自身の調査分析・計画策定の経験を活かし、解決に向けた取り組みができるのではないかと考えました。特に中山間地域では、福祉や教育・観光といった特定分野の移動の支援・取り組みだけだと利用者が少ないためそれだけでは事業として成り立たちません。
そこで、移動の困り感を解決するワンストップの相談支援窓口組織をつくり、そこに事業を集約させられないだろうかと考えたのが、モビリティセンタープロジェクト立ち上げの経緯です。
現実:中山間地域の移動の現実 マイカーに乗れる限り「移動の課題はない」
地域おこし協力隊活動の一環として、自らが社会実験の対象になってみる、という位置づけで「マイカーを持たない暮らし」の実践をすることから地域おこし協力隊の活動は始まりました。自転車で村内を移動しながら、地域の移動の実態を把握することに努めました。
当時人口1,500人の村で、1,300台以上の車両が登録されていました(業務用車両含む)。運転できる年代に限ると一人一台以上という状況。ヒアリング等を重ねていくうちに多くの方々に言われたのが、「マイカーがある限り、この村で暮らしていく上で移動の困り感がない」「車内の感覚は、田舎も都会と変わらない」ということでした。正直このテーマを掲げて村に移住してきたことを後悔せざるを得ない状況でした。
それでも実態を調べていくと、マイカーを使えない状況になると、途端に暮らしが困難になるということ。いや困るというレベルをこえて、この地域で住めなくなってしまうという現実も目の当たりにしました。つまり、ローカル・モビリティ(中山間地域における移動)の本質は、困り感が“ゼロか百かででてくる"ということ、かつ、マイカーを持たない、クルマが運転できない当人たちの方が悪いかのような眼差しが感じられることでした。
また、地域の移動の課題は高齢者の免許返納がクローズアップされがちですが、色々な年代層に影響をしているということが見えてきました。それらを、誰かが―特にお母さんたち―が、時間と手間をかけてやりくりをしているという実態が見えてきました。
ありたい姿:「生きるを楽しむ」を掲げるこの村で、一人ひとりの“動くを楽しむ”を実現したい
西粟倉村は、90万人以上!が住む東京都世田谷区とほぼ同じ面積でありながらも、95%を山林に囲まれた源流域に位置します。森林利活用の新たなモデルづくりの一環で『百年の森林構想』を掲げ、自然資本が豊かなこの地域コミュニティの中では、応援の潤滑油として野菜をくれたり、手伝ってくれて『ありがとう!』というコトバをたくさん聞きます。また、ローカルベンチャー発祥の地と言われ、15年間で50社強の事業体が立ち上がり、地域をより豊かにしていくための多様な稼ぎの場も増えてきています。
「生きるを楽しむ」を掲げるこの村だからこそ、色々な分野で多様性を実現したい。また、「ありがとう」と「稼ぎ」、その両者が、「ぐるぐるめぐる」状態になるような村のデザインをめざしたい。これこそが、西粟倉版の多世代を包括する重層的な地域共生社会の実現に向けた在りようではないでしょうか。赤ちゃんから高齢者まで一人ひとりの“動くを楽しむ"が実現することを目指し、分野を超えた移動の困り感をプラスに変えていく。モビリティセンターをその核に据えて取り組みました。
主な活動:中山間地域に必要なのは「需要創造型モビリティ」を支える仕組み
村に住み集う人たちの移動を支える事業を考えていく上で大事なことは、単に効率化だけを追わないということでした。最近のはやりであるMaaS(Mobility as a Service)アプリの導入だけでは解決できないこともたくさんある。そこで、持続可能な地域の移動の仕組みを作っていくために、福祉的な寄り添いと社会環境調整の相互作用が重要というソーシャルワークの視点を取り入れることでした。
実証事業の一つとして、“普段行きたいけどなかなか行けないところに仲間と行ける買い物ツアー"を、高齢者リハビリ継続者向けのツアーを役場保健福祉課と社会福祉協議会と共同で企画し、地元バス会社との連携で実施しました。90歳前後の高齢者が、目的地でどんどん買い物をする姿には、ただただ圧倒!お金を使う場所と機会さえあれば、人はどんどん元気になる。そういう場所にたまに行けるような移動の仕組みがあればいいということに気づきました。
とはいえ、なかなか行きたくてもいけない人が地域に居ることも事実です。村の理学療法士と連携して進めた“軽トラ屋台を用いた移動地区サロン"は、文化・芸術分野で先行している「アウトリーチ」の手法をモビリティセンターの事業にも今後応用できないかということを考えるための取組でした。もともと生協の共同購入で数人が集まっていた場所に軽トラ屋台を持っていくことで、週に一度、十名以上が集まるコミュニティが作れることも分かりました。単に人を移動させるだけではなく、コミュニティ自体が動くということも、モビリティセンターが活動となることを実証できたプロジェクトでした。
コロナ禍で活動がうまくいかない時期もありましたが、2020年7月の一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所(以下むらまる研)の設立はプロジェクト進化の大きな転機ともなりました。移動技術開発を支援するための事業については、むらまる研との連携で実施が進みました。SDGs未来都市・脱炭素先行地域に指定された西粟倉村にとっては、脱炭素・地産地消エネルギーの分野と、モビリティの連携が求められるようになってきたのも追い風でした。
超小型EVモビリティの導入などを進めていく中で、本プロジェクトの予算を活用し、3人乗り超小型モビリティ(EV-TUKTUK)の導入などを進めました。EVTUKTUKは村民の関心も高く、視察で来られた方に後部座席への試乗を勧めると、「都会では味わえない解放感があり、風が気持ちいい」「遊園地のアトラクションに載っているような気分がする」という声をいただだくなど大変好評です。一人乗りのコムス、二人乗りのC+Podの活用などをむらまる研と連携して進めました。超小型モビリティ導入の先進地である石川県七尾市や大分県姫島村への視察・意見交換なども行い、今後のモビリティセンター設立時の主要事業として進めていく準備が、本プロジェクトの中で進めることができました。
アウトプット:『ローカル・モビリティ白書』と『ローカルモビリティサミットIN西粟倉』の開催
地域おこし協力隊の活動として調べたことに、プロジェクト1年目の「調べる助成」の成果などを盛り込んだ『ローカル・モビリティ白書2020』をクラウドファンディングで100名以上の賛同者を得て編集しました。ちょうどコロナが始まったころで、取材や資料収集にも制限がかかったころでしたが、なんとか実現にこぎつけました。
また、2023年1月には、第1回ローカルモビリティサミット IN西粟倉を開催。島根県立大学・岡山大学・早稲田大学の研究者や、岩手県陸前高田市・山梨県北杜市・石川県七尾市・大分県姫島村・佐賀県での実践者を招いて3時間半にわたって討議が繰り広げられました。こちら第2回を秋に開催予定です。
プロジェクトを通じた地域の変化:動くを楽しむをベースにした地域おこしへ
本プロジェクトが立ち上がるまで、移動に関する取り組みが数年間にわたって継続していることがありませんでした。そのため移動の課題はないという状況が大勢を占めていましたが、プロジェクトでの活動や環境の変化により、「移動のことも考えないとだめだよね」といった、困り感がでなくても(当人・担当が感じなくても)話題に上るようになってきたことが大きな変化だと捉えています。
プロジェクト代表の想いとしては、「動く」の範囲も単にヒト・モノにとどめておくのではなく、ココロの動きにも注目しています。その掛け合わせの結果として「未来が動く」と信じて、『動くを楽しむ』のあくなき追及を目指しています。
むらまる研と連携して、夏までにモビリティセンターを立ち上げること目途がつきました。西粟倉村は令和4年度からデジタル田園都市国家構想推進交付金Type2に採択されており、そのデータ連携基盤との連携した超小型モビリティの運用から、モビリティセンターの事業から始まります。今後はプロジェクトでの福祉事業・地域限定旅行業事業への展開も予定しています。今後の西粟倉村モビリティセンターに、ぜひご注目ください。