国内助成
contribution
寄稿
著者◉ 湯目知史(種子島の未来を考える『たねがしまスーププロジェクト』)
- [助成プログラム]
- 2020年度 国内助成プログラム[そだてる助成]
- [助成題目]
- 種子島の未来を考える『たねがしまスーププロジェクト』
- [代表者]
- 湯目由華 (LOCAL-HOOD代表)
未来志向を育む文化を
たねがしまスープの概要
私たち「たねがしまスープ運営事務局」は、たねがしまスープというイベントの開催を通じて、種子島内外の人が交流し、共に地域の未来について考え、行動を起こすコミュニティを形成することを目的に活動しています。
「たねがしまスープ」は、もともとアメリカ国デトロイト州で生まれた「SOUP」プロジェクトをリスペクトして、その手法に準じて開催しているイベントです。デトロイト州は2013年に財政破綻に陥り、治安の悪化、公共施設の老朽化、教育・福祉サービスの悪化など、市民にとって住みづらい街になってしまいました。そんな中、アーティスト達の交流をきっかけに、市民自らが街を良くするためのアイデアを話し合う場を設けることになりました。これが、デトロイトスープの始まりです。
「スープ」と称するように、このイベントで参加者は参加料を支払うと、投票券と軽食のスープを貰うことができます。軽食を食べて交流しながら、発表者の街を良くするためのアイデアを聴き、最も応援したいと感じたプロジェクトに投票します。最も得票を集めた人には、投票券の金額が寄付され、発表したアイデアに挑戦できるという仕組みです。顔を合わせて行うリアル・クラウドファンディングと例えられることもあります。
種子島でスーププロジェクトを始めた理由
種子島は鹿児島県の南端からおよそ40km南下した洋上に浮かぶ島で、東シナ海と太平洋に囲まれた豊かな海洋資源と、温帯の南限という肥沃な大地が育む農産物が有名です。また、鉄砲伝来の地、JAXA種子島宇宙センターなどでも知られる通り、自然・歴史・科学の融合した魅力的な地域です。
その一方で、全国の市町村と同じく人口減少が著しく、主に活動拠点としている中種子町では、2000年に9,675人だった人口は2020年に7,539人となり、老年人口の割合は27.7%から39.4%まで増加しました。また、島内には専門学校や大学といった高等教育機関がなく、子どもたちは高校卒業を機に鹿児島県本土や福岡県・大阪府などへ進学。雇用も少ないため、そのまま人口流出してしまうという傾向が顕著な地域です。
このような地勢的特徴を持つなかで、反対に都心部から種子島へ移住する世帯も居ます。種子島はサーフィンの聖地としても有名で、全国からサーファーが移住したり、他にも温暖な気候を理由に定住したりする方も居ます。たねがしまスープ運営事務局の代表も移住者です。
そんな種子島へ移住してから、メンバーは次のような意見を耳にすることが多くありました。
一つ目が、「挑戦したいことがあっても、仲間が居ない」というものです。ビーチで拾える貝殻やシーグラスで制作したアクセサリーを販売するマルシェを開催したくても、一人ではなかなか開催に踏み切る勇気がでない、というようなケースです。また、移住者の場合は借りられる場所を知らないなど情報の不足にも課題があり、そのまま断念してしまうことも多いようでした。
二つ目が、資金の問題です。大きな設備を有する起業とは異なっていたとしても、イベント開催の場所代や消耗品代など、細やかな出費のことを考えると、どうしても踏み出しにくいという意見が寄せられていました。
私たちたねがしまスープ運営事務局はそんな意見を集約しているときにデトロイトでの取り組みを知り、このプロジェクトを種子島で開催することが解決策につながるのではないかと考え、トヨタ財団国内助成プログラムでの採択をきっかけに本格的に実施することとなりました。
たねがしまスープで発表されたアイデア
たねがしまスープは半年に1回を目安に計画し、これまで4回実施、9組が街を良くするためのアイデアを発表しました。その中でも特筆して成果を残したアイデアがありました。それが、2回目のたねがしまスープの際に種子島中央高校の女子生徒2名が発表した「”おさがり”の文化を残すアプリを作りたい」というアイデアです。
種子島は親戚間で制服などを”おさがり”して使う文化がありますが、渡す相手がいなければ家でそのまま眠っていたり、処分したりする家庭がほとんどです。その一方で、移住者の子たちは親戚など譲ってもらう相手がおらず、高価な制服を購入しなければならないという状況にありました。発表した女子生徒たちはSDGsを学ぶなかでこの両者をマッチングできないだろうかと考えるようになりました。アイデアはできても、アプリを制作する技術もなければ、委託するにはお金がかかります。鹿児島県本土の大学や専門学校に取り組みとして制作できないか依頼をしても、やはり予算がないため断られてしまいました。
そんな中、二人はたねがしまスープのことを知り、発表を行います。参加者は高校生が土着の文化をアプリという最先端の技術で保存するというアイデアに驚き、見事に最も得票を集めました。少額ではありますが、その資金で簡易的なアプリを制作することが実現。この取り組みは全国放送のテレビメディア出演を果たし、鹿児島県内のICTを通じた優れた取り組みに対して表彰される鹿児島ICTel大賞を受賞するなど、話題と成果になって現れました。これまでの学校教育では、こんなアイデアあったらいいな、を壁新聞にして終わりになるところを、世の中に実際に表現する手助けとなることができ、たねがしまスープの価値を実感することができました。
他にも、下記のようなアイデアが発表されました。
メディアに大きく取り上げられることだけが成果ではありません。こうして、自分の心の中で完結していたアイデアを、人前で発表し、応援してくれる地域の人ができる。それだけでも、たねがしまスープは大きな意味を持っていると感じています。
今後の展望
今後たねがしまスープは、島内イベントとして定着し、「あそこに行けば新しくて面白いアイデアが聴ける!」と広まっていくことを目指しています。このイベントの面白いところは、新しく来る人は多くなくても、一度参加した人は再度訪れる傾向にあるということです。事務局の肌感覚としては、このような地域の挑戦を育む思いがある人は、その気持ちを表現している場所を探しているのではないかと考えています。自ら挑戦したい人もいれば、これからを担う若者の挑戦を見届けたい人も居ます。そんな熱意ある人たちが、「また会ったね」「最近、どんなことしている?」と、お互いの挑戦の過程を共有しながら、励まし合っていけるコミュニティになっていくことを目指しています。
「昔はよかった」ではなく、「これからどうしていくか」を。過去よりも、未来を。他人ではなく、自らが。そんな未来志向がこの島に広がっていくことを、私たちは願っています。