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東アジアのバリアフリー社会の現状と未来への展望

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寄稿
パタヤの障害学生との交流会
パタヤの障害学生との交流会

著者◉ 上野俊行(東京大学先端科学技術研究センター )

[助成プログラム]
2018年度 国際助成プログラム
[助成題目]
インクルーシブ社会を目指すアジアの障害者リーダーの交流 このリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
上野俊行(東京大学先端科学技術研究センター )

東アジアのバリアフリー社会の現状と未来への展望

私たちのプロジェクトは、障害を持つ人たちの潜在的なパワーを人々に知ってもらいたいという気持ちから始まりました。障害を持つメンバーは、私と同じ車椅子利用者です。特に、東南アジアでは、日本のようなバリアフリーが整わない中、障害を持つ人たちの生活向上を目指す活動に励んでいる、肉体的にも精神的にもパワフルなメンバーです。

私自身、地域研究を専門とする立場から、長年アジア諸地域のバリアフリーを調査してきました。どの地域でも積極的な手助けを受け、障害を皆で乗り越えるため、バリアがありながらもバリアを感じさせないのです。逆に、バリアフリーな環境が整備された日本の方がバリアを体感します。そこで、障害のある人のことを知ってもらうために、直接触れ合う機会が必要だと考え、異なる目的の三つの活動を計画しました。一つ目は、タイのパタヤにある職業訓練学校の施設での合宿と、タイで活躍する障害者リーダーとのバンコクバリアフリーツアー。二つ目は、台湾の台北で活動が始まった障害学会との合同勉強会と台北・高雄バリアフリーツアー。三つ目は、東京大学で障害を持ちながら学術界で活躍されている教授たちとの意見交換会、首都圏バリアフリーツアー、2020東京オリパラに向けての準備が進むさいたま市で、プロジェクトメンバーの活動支援を求める発表会です。

プロジェクトメンバー捜し

プロジェクトメンバーを集めるにあたり重視したのは、感情論で社会に訴えるのではなく、学術的に記録を残し、後生に向けた働きをするということです。台湾のメンバーは、台湾の研究会で知り合った人物で、彼女自身は障害がないのですが、障害者側の立場から会場内で一番アグレッシブに走り回っていた大学教授です。彼女に声をかけ、若手の研究者と車椅子利用の研究者を見つけてもらいました。タイのメンバーは来日時の研究会で知り合った人物で、私自身のタイにおける研究活動にも協力してもらい長い付き合いになっています。もう一人は、彼が大学で共に学んだ人物で、現在は大学で教鞭をとっている人です。

ベトナムは私の専門でありながら一番苦労しました。長年の研究活動で幅広く知人がいるのですが、多くは実務的な分野で、研究活動となると専門性の問題でコミットできる人物が見つかりませんでした。最終的に、社会科学系大学の先生に協力してもらい、車椅子活動家のサポートをしながら、プロジェクトを進める中で徐々に勉強してもらう形で引き受けてもらうことになりました。

全メンバーが修士もしくは博士の学位を持つという環境を整えたのは、未来へ向けて実りあるものを残そうというこだわりです。私自身、中途障害者で復学がかなわなかった経験から、学ぶということに大変執着がありました。コロナ禍の影響もあり、オンラインで学ぶという選択肢もありますが、学校に通い、皆で生活を共にする環境はそれ以上に学びの場となります。特に障害者の場合、他の学生への影響という意味で学びの機会の意義を強く感じます。日本の例ですが、令和3年度の通学制大学在籍者数は約260万人ですが、そのうち障害のある人たちは32,013人で、1.2%程度でしかありません(JASSO)。東南アジア地域の文化では障害者に対する無理解も多く、障害者が高学歴を得ることは日本以上に厳しい環境です。並々ならぬ努力をして現在の地位を獲得した彼らの姿は、他の障害者にとっても模範になり希望を与えてくれるヒーロー像とも言えるのです。

自分自身の体験に基づく話ですが、手足が不自由になった時、星野富弘さんのように、口で筆を持って絵を描くのはどうかとアドバイスを受けたことがあります。絵心のある人ならそのような道もあるのでしょうが、私にはそのような才能は全くありません。これは偏見ではなく、手足が不自由となり残された機能で生きると考えた時に浮かぶ選択肢の狭さに問題があるのです。

タイでの活動

パタヤの障害学生との交流会
パタヤの障害学生との交流会

パタヤ合宿で利用したホテルは、職業訓練学校の敷地内にあり、障害のある人たちがスタッフとして働いています。一般の人も宿泊できます。手足に障害があり電動車椅子に乗るレベルの人たちも、管理部門で働いています。合宿はメンバー同士の経歴や活動報告から始まりました。その時、台湾の教授より、このようなアジアの研究者が一同に集まる機会は珍しいので、台湾の活動までに自国で研究活動をしようと提案されました。内容は実体が目に見える物理的バリアに対して、目に見えない社会的なバリアを障害者がどのように捉えているかを各国ごとに収集することでした。この派生的な活動により、プロジェクトの学術性が高まりました。翌日は職業訓練学校の見学、卒業生の職場見学、在校生との意見交換会を行いました。生徒の中にはタイ近隣諸国の出身者もいます。

プロジェクトメンバーとの意見交換会の中で、生徒の一人が、この学校に来るのに一番大変だったことは家族の説得だったと話したことが印象的でした。障害を持つ自分には何もできることはないと、家族から頭ごなしに決めつけられたことが悔しかったというのです。これは、私同様に、残された機能で生きる選択肢の制約を受けた体験とも言えます。各組織のリーダー的役割を担っているプロジェクトメンバーには、そのような若者の頑張りは励みになったと思われます。卒業生の職場見学は保険会社のコールセンターでした。障害者が施設内で生活することを否定的にみる傾向もありますが、このような集団生活も社会参加に向けての訓練として有意義な空間なのだと思われます。

パタヤでの合宿後は、公共交通機関を使ったバンコクの街歩きです。バンコクは地下鉄もスカイトレインも車椅子利用者に利用可能な公共交通手段となっています。バスも車椅子が利用できる台数が増えており、公共交通全体のバリアフリー化は進んでいます。しかし、実際に利用してみるとバリアフリーが崩れてしまうという問題があります。それは、バンコクの渋滞問題によるもので、中心部は車中心の道路整備となっており、車椅子の人が道を渡ることすら容易ではない構造になっているのです。そのような事情をからめてバリアフリー推進活動をしている知人にツアーを組んでもらいました。つぎはぎ状態のバリアフリー体験は電動車椅子を利用するメンバーには身体的負担がきつく、彼女を通じてバンコクのバリアフリーの問題点が浮き彫りになり、後日、ツアー計画者が改善を働きかけ成果を収めたことが一番の収穫でした。

台湾での活動

前半を台北での勉強会、後半を高雄での障害者の職業施設の見学としました。バリアフリーツアーでは、台北の鉄道、地下鉄、バス、高雄の路面電車を利用しました。台北での勉強会の目的は、日本をモデルと考えるASEAN地域に台湾のバリアフリーも良いお手本になりうるということを知ってもらうことでした。当時、台湾は、日本、韓国に続き障害学会の立ち上げ準備段階であったため、その活動の後押しも意識しました。タイやベトナムの人たちに障害学会の活動を紹介することで、後に続く人たちの存在を知って欲しかったのです。台湾のメンバーと陽明大学の学生たちが、勉強会の場所の手配から障害学会からの発表者の依頼、施設訪問やバリアフリーツアーの場所や交通手段など、試行錯誤しながら台湾の人たちと他国のプロジェクトメンバー双方に有意義なスケジュールを組んでくれたと思います。外国からの訪問者に何を見てもらいたいかと考えることは自分たちの活動を省みる良い機会になったと思います。

台湾の障害学会との交流ほか
左から、台湾の障害学会との交流、台湾台北のバリアフリーツアー、台湾高雄の福祉工場の様子。

高雄では、パタヤの障害のある人の就業活動と同様に、障害のある人の就業サポートという意味で、ベトナムのメンバーを中心に施設見学とバリアフリーな街づくりの体験をしました。高雄市では、障害者自身がバリアフリーな環境づくりに直接関わっており、手すりやスロープの製造もしています。障害のある人のことは自分たちの方がよく知っていると、行政と連携して街のバリアフリー化に積極的な働きをしているのです。これは、ベトナムのバリアフリー政策がトップダウン型である点に着目して計画したものです。ベトナムの参加者が「ベトナムは日本に追いつく前に、台湾に追いつかなければならない」と語っていたことで、台湾での活動の目的が暗黙のうちに伝えられたと思います。

台湾台北の陽明大学
台湾台北の陽明大学

ベトナムでの活動

ベトナムの配車サービスの障害者対応
ベトナムの配車サービスの障害者対応

車椅子のまま乗車可能なタクシーの導入を考えているタクシー会社との活動を計画していましたが、配車サービスの台頭によるタクシー業界の大変革で、障害者支援の継続は見通しが立たない状況だと連絡を受けました。残念でしたが、ベトナムの車椅子利用者にその点について意見を聞くと、運転手が固定ではない慣れないタクシードライバーより、配車サービスを利用して相性の合うドライバーに頼む方が、楽に出かけることができると好意的な意見が多く聞かれました。

代わりに、社会の人々の理解を得るために自分たちから発信して変化を促すような活動へと変更しました。高雄の施設の車椅子メンバーが製作販売する簡易スロープを使って外を歩こうというものです。この活動の目的は、障害者自身が自分の力で外出先の問題点を指摘し、その解決方法を社会の人たちに理解してもらうということ、ベトナムの障害者団体の人たちに台湾では障害を持つ人たちが自分たちで道具を製作して生活環境の改善に向けて頑張っていることを知ってもらうというものでした。

スロープ授与式
スロープ授与式(左はハノイ、右はホーチミン)

日本での活動(2020年5月)

さいたま市でのイベント告知のチラシ
さいたま市でのイベント告知のチラシ

アジアの障害者リーダーたちの学びとして、国際的にも知られている福島智教授と熊谷晋一郎准教授と交流し、障害のある研究者の学術的な現場を体験することと、長瀬修教授からの障害学のレクチャーを計画しました。首都圏バリアフリーツアーは、米国の車椅子研究者であるマーク・ブックマン氏と浅草から水上バスでお台場まで行き、パレットタウンで福祉車両の体験と観覧車に乗るものでした。公共交通機関のバリアフリー化の先にあるバリアフリーです。さいたま市での発表会に向けたイベント告知として、3月に台湾茶のお茶会や、ベトナムコーヒーの第一人者である池本幸生教授をゲストに迎えベトナムコーヒーの試飲会を計画したのですが、どちらもコロナ対策のロックダウンのタイミングで中止となってしまいました。

さいたま市での発表会は、それぞれの地域での活動について、金銭的な支援を求めるのではなく、現地で私たちと一緒に過ごし、インクルーシブな社会について考えてみてほしいという旅行案内のようなものを計画していました。これらの計画は、コロナ禍の終息を待ちながら2年延期しましたが、結局、終息することなく、実現できませんでした。

活動報告会

プロジェクトの終了延期をして来日を希望したメンバーでしたが、ただ待つのではなく、毎月、障害と関係するテーマで順に研究発表をしました。これにより、メンバーのモチベーションを維持し、活動報告会では全員が発表することができました。インクルーシブ社会を目指し、国を越えた仲間たちと一緒に世界に発信するという試みは楽しかったようで、メンバー全員がこれからもっと頑張ろうと盛り上がって終了することができました。

なお、派生的な社会的バリアの調査に関しては、東海大学(2019年、台湾台中)、米国障害学会(2020年、オンライン)で概要、Transforming Care(2000年、イタリア・オンライン)で内容が報告されました。Transforming Careでは東ヨーロッパの研究者から、東南アジアに関するバリアフリー研究は東ヨーロッパよりも進んでいるというコメントを頂けました。現在、この調査内容は、機関誌Political Geographyにおいて査読中です。

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