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公営住宅のコミュニティを支える、新たな仕組みづくりー若者自立支援の実践を通してー

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国内助成
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寄稿
公営住宅のコミュニティを支える、新たな仕組みづくり

著者◉ 高橋 沙希(NPO法人HELLOlife)

[助成プログラム]
2019年度 国内助成プログラム[そだてる助成]
[助成題目]
公営住宅のコミュニティを支える、新たな仕組みづくり ー若者自立支援の実践を通してー
[代表者]
高橋沙希(NPO法人HELLOlife 施策ディレクション室 協働事業開発ディレクター)

公営住宅のコミュニティを支える、新たな仕組みづくりー若者自立支援の実践を通してー

大阪府四條畷市にある「大阪府営清滝住宅」。

1970年(昭和45年)、大阪万博の開催と同年に建設されたこの団地は、当時、戦後の住宅不足を背景に大量供給された公営住宅の1つだ。木造建築が一般的だった中、鉄筋コンクリート造りの住宅は珍しく、団地での暮らしは「憧れのもの」とされていた。

多くの家族世帯が居住し、団地の中心にある広場は、いつだって子ども達のたまり場だった。自治会行事が盛んで、団地住民全員が参加する盆踊り大会には、老若男女が心を弾ませた。

昭和45年に建設された大阪府営清滝住宅(大阪府提供)
昭和45年に建設された大阪府営清滝住宅(大阪府提供)

当時から52年経った今、広場に子どもの姿を見かけることはほとんどなくなった。

代わりにあるのは、「新型コロナウイルス感染拡大の影響により、盆踊り大会は今年度も中止となります。」と書かれた張り紙だけだ。

かつて沢山の家族で賑わったこの団地は、今や入居者の大半が単身の高齢者となり、高齢化率が50%を超えた。そこに新型コロナウイルス感染拡大の影響がとどめを刺し、細々と続けてきた盆踊り大会も、4年連続中止と存続の危機に瀕している。

そんな団地にここ数年、20〜40代の若者が移り住んでいる。彼らの目的は「住宅つき就職支援プロジェクト」という全国でも類を見ない取り組みに参加することだ。

全国初の試み、公営住宅を活用した「住宅つき就職支援プロジェクト」とは

「十分な収入が得られず、将来に希望を見出せない」
「家賃が払えず、安心して暮らせる住まいがない」
「経済的な事情から親元を離れられず、自立できない」

働くことや、住む場所に困っているそんな方に向けて、住まい(公営住宅の空き住戸)と仕事の提供を行っている。対象は、不安定な就労状況にある15歳〜概ね34歳までの若者と、就職氷河期世代の方・コロナ禍で失業された方だ。

住宅つき就職支援
左:2017年から実施している、住宅つき就職支援「MODELHOUSE」(対象:15〜概ね34歳)。右:2019年より対象層を広げ、新コースとして住宅つき就職支援「チャン巣PROJECT」(対象:就職氷河期世代・コロナ禍で失業された方)を実施。

単身の若者の入居が一般的ではない公営住宅を「目的外使用」という形で活用し、就職支援と併せて若者に提供する、全国でも初めての取り組みとなった。その先進性から、各種メディアに取り上げられ、全国の市町村からの視察も相次いでいる。

この住宅つき就職支援プロジェクトの大きな特徴は、「就職・住宅・コミュニティ」の3つの方面から求職者をサポートしていることだ。

就職サポートでは、プロのキャリアカウンセラーによるカウンセリングや、定着研修等を実施。
就職サポートでは、プロのキャリアカウンセラーによるカウンセリングや、定着研修等を実施。

「就職サポート」では、NPO法人HELLOlifeが受託運営する、大阪府の就業支援拠点「OSAKAしごとフィールド」・厚生労働省の就労支援機関「大阪府地域若者サポートステーション」と連携し、支援を実施。就職準備から企業へのマッチング、就職後の定着までをサポートし、求職者を職業的自立へと導く。

一方、「住宅サポート」では月々25,000円という安価な費用で、2K・3Kの十分な広さの部屋が提供される。古い公営住宅で自分らしい快適な暮らしを手に入れるべく、入居時に壁紙貼りやペンキ塗りなどを実施する「DIYプログラム」がある事もポイントだ。

その他にも、共有利用の家電・家具を備え付けている「コミュニティスペース」も自由に使うことができる。

スタッフのサポートのもと、DIYプログラムを通じて「自分の暮らし」をつくる喜びを体感。共同作業で、入居者やスタッフとの関係性を構築する時間にもなっている。
スタッフのサポートのもと、DIYプログラムを通じて「自分の暮らし」をつくる喜びを体感。共同作業で、入居者やスタッフとの関係性を構築する時間にもなっている。
コミュニティスペースでの様子。多様な人との交流は、自分の暮らしや生き方を考える機会にも繋がる。
コミュニティスペースでの様子。多様な人との交流は、自分の暮らしや生き方を考える機会にも繋がる。

そして欠かせないのが「コミュニティサポート」だ。就職や住宅のサポートを通じて、暮らしの基盤を安定させたうえで、プロジェクトを卒業しても「他者を頼りながら自分らしく働き・生きる力」を身につける必要がある。

そのため、自治会の清掃活動や行事等を通じて、社会参加の機会を得たり、職業能力を習得していく機会を設けている。

誰もが孤立に陥る可能性がある場所で

ドア

3つのサポートで、充実した支援体制が組まれている本事業だが、コロナ禍は団地に暮らす若者達にも大きな影響を及ぼした。地域住民と関わることのできる自治会活動を、コミュニティサポートの主軸に置いていたが、コロナ禍による自粛に伴い、若者達と住民の交流機会が激減したのだ。

そんな状況下で新しく入居する若者の多くは、団地の暮らしに馴染めず、その結果、他者との交流を避けたり、近況の確認が取りづらくなる事が次第に増えるようになった。

清掃活動の実施、自治会のお手伝い、盆踊り大会への参加……これまで、コミュニティサポートは地域の資源を活かして取り組んできたはずだった。しかし、どれだけ「参加」の機会を増やしても、そもそも日常的に他者と関わる「意思」がないと、孤立防止は難しいということを思い知らされた期間であった。

これまで重ねてきた一時的交流では、コロナ禍の状況を打破できない。

であれば育てていくべきは、若者・地域の意識と、日常的に支えあえる関係性の土壌ではないか。

右往左往する社会状況の中で議論を重ね、若者と地域の関係性構築に重点を置いた「おたがいさんプロジェクト」という仕組みを、新たなコミュニティサポートとして導入することになった。

仕組みづくりは、公益財団法人トヨタ財団による「2019年度国内助成プログラム 育てる助成」を活用して取り組んだ。主に3つのサポート体制を構築し、それらを参加者に浸透させていくためのツールを作成した。

地域と若者をつなぐ手帳「KEY BOOK」の作成

まずはじめに取り組んだのは、「KEY BOOK」という団地暮らしの基礎や姿勢が学べる手帳の制作だった。背景として、今までと同様の支援が難しい状況下で、自治会活動のような行事がなくとも、地域の方と関係性構築できるチカラを身につける必要があると考えたからだ。

「KEY BOOK」の表紙・中身の写真
「KEY BOOK」の表紙・中身の写真

手帳の内容は、これまで実践してきた支援や入居者へのヒアリングを基に、他者との関係性構築や自立支援において大事だと考えた要素を分析し構成しており、団地での暮らしや交流をサポートするものとなっている。この手帳を使ったオリエンテーション研修も開発し、年間を通じて自立をサポートするためのツールとして活用しているのだ。

この手帳や研修の効果は、若者の「地域住民と関わる姿勢」の変化でよく分かった。

「清掃活動には顔を出し続けて、自分の事を覚えてもらおう」
「地域の事で分からないことは、団地の人達に聞いて助けてもらおう」
「本当は自治会活動みたいな場は苦手だったけど、ちょっと頑張って参加してみよう」

若者達から、そういった「一歩進んで他者と関わろうとする姿勢」が感じられるようになったのだ。特に、新しく入居する若者に対して研修をするとしないでは、自分から歩み寄る姿勢や、共同生活・助け合いに対しての意識に大きな差が生まれた。

また、この手帳は他の支援団体等からも高く評価を頂く事が多い。自立支援の中に「孤立防止の対策」や「周囲との関係性構築」への配慮があることはもちろん、それらがツール化されているため、他地域でも展開できる可能性がある事に希望を感じて頂けているようだ。

入居者同士の交流「おたがいさん掲示板」を設置

おたがいさん掲示板の様子
おたがいさん掲示板の様子

その他にも、「おたがいさん掲示板」という、非接触でゆるやかに交流できる掲示板を設置した。

これは、ちょっとした困りごとや「一緒にやりませんか?」というお誘いなどを、気軽に誰でも投稿できる掲示板だ。投稿されている内容には、付箋などを使ってコメントや反応をすることができ、気になった質問に回答したり、お誘いに参加することができる。

この掲示板を設置するに至ったのは、地域住民から住宅付き就職支援プロジェクトの運営スタッフに寄せられた、小さな相談ごとがきっかけだった。

「若者から声をかけてくれたら嬉しいんだけどなぁ…」
「実は団地に畑があるんだけど、若い子達で使ってみたら?」
「1人暮らしになって、食器の整理に困っているのよね。必要な入居者さんはいないかしら?」

寄せられる相談の多くは、若者と地域住民が気軽にコミュニケーションを取れる関係性であれば、すぐに解決できるものばかりだった。しかし、普段交流が少ない若者に直接声をかけることは、地域住民にとってもハードルが高い。住民達が若者へ関心を持ってくださっているものの、自分から話しかけることに勇気がいる気持ちは、届く声からよく理解することができた。

だが、地域のこれらの相談に応える以前に、若者同士も交流機会がなく、関係性構築ができていない状況だ。無理にではなく、日常生活の中で楽しみながら「おたがいさまだよね」と気にかけあえる関係性がつくれないかと考え、祈るように設置したのがこの掲示板だった。

投稿は手書きで。字や投稿内容から、その人らしさが垣間見える。
投稿は手書きで。字や投稿内容から、その人らしさが垣間見える。

実際に掲示板を設置してみると、実に様々な反応が飛び交うようになった。

「介護の仕事をしてます。使える資格を教えてください!」
「みなさんが人生で一度はやってみたいと思っていることはありますか?」
「駅前にスーパーができたらしいんですが、結構食品が安いみたいです…!」

そんな仕事や暮らしに関する情報や、他愛のない質問・一緒に〇〇しませんか? といったお誘いなど、様々な話題が張り出され、それらへ反応する様子から、一人一人の意外な一面を発見することもできた。

投稿が活発化した理由は、掲示板の活用度合いによってポイントがもらえる仕組みを導入したことが効果的だったと感じている。貯まったポイントは、就活に役立つ本など様々な景品と交換することができ、ゲーム感覚で交流を気軽に楽しむことができる。

また、あえてアナログな掲示板にしたことで、入居者の安否確認の機会としても活躍している。

「掲示板にこんなこと書いてましたけど、仕事の調子どうですか?」「最近投稿無いですけど、元気ですか?」といったような、自然なコミュニケーションをとることができるので、日常的な孤立対策につながっているのだ。

地域コミュニティ「おたがいさんサポーター」の結成

おたがいさんサポーターの皆さん。サポーターのロゴと、活動をする際のビブスの作成も行った。
おたがいさんサポーターの皆さん。サポーターのロゴと、活動をする際のビブスの作成も行った。

ここまでは主に入居者の若者に向けた取り組みだが、地域の方にもアプローチを行った。若者を応援してくれる地域住民と「おたがいさんサポーター」というコミュニティを設立したのだ。

元々、このプロジェクトを知っている地域住民の多くは「応援しているよ!」と好意的な言葉を寄せてくださる方が多かった。しかし、実際に若者を目の前にすると、お互いにどう関わって良いか分からず、接点が生まれないという、もったいない状況が続いていた。

そこで思いついたのが、若者の自立支援を応援する人生の先輩「おたがいさんサポーター」として、このプロジェクトを助けてもらうことだった。

このプロジェクトを応援してくださる地域の方の連絡先を集め、新しく入居する若者を紹介する際にお声がけしたり、逆に地域の方から情報をもらったりと、相互コミュニケーションの機会を増やして関係性を築いている。

現在約10名の地域住民のみなさんがサポーターとして相談にのってくださったり、団地のことを教えてくださるなど、若者のサポートを率先して担ってくれる存在となった。

関係性構築のステップ

ここまでの取り組みは、段階的に役割が繋がっている。手帳で「学ぶ」、掲示板で「仲間をつくる」、安心できる土壌で「助け合って暮らす」という3段階をサポートするツールとステップができた。このステップを踏むことで、若者たちが少しずつ自分自身のチカラで地域とつながり、関係性をつくりあげていく様子が見受けられるようになった。

もちろん、変化は地域住民にも起こった。若者が歩みよる姿勢をとれば、それに応えるように地域の皆さんも歩みよってくださるようになったのだ。

今や、スタッフの私たちだけでなく、おたがいさんサポーターとなった地域の方々が他の住民に対して、住宅つき就職支援プロジェクトの説明を行い、地域内の理解促進にはたらきかけてくださっている。寄り合いで若者達を紹介する場を設けてくれたり、若者を受け入れる基盤づくりを一緒に進めてくださる温かさを感じる。

清滝団地の清掃活動での様子。若者を「俺達もまだまだ現役!」と、力強くサポートしてくださる。
清滝団地の清掃活動での様子。若者を「俺達もまだまだ現役!」と、力強くサポートしてくださる。

「助けられる存在」ではなく「助け合う存在」

団地の桜が満開を迎えた春、2人の若者がプロジェクトを卒業した。その際に、下記のような言葉を残し、彼らは巣立っていった。

「地域の方によく頼りにされ、そのぶん生活の困りごとを聞いてもらい、本当に感謝しています。親身になってくれる人がこれ程いるのかと驚きました。自分に自信がなかったので、人から必要とされたことで、居場所を見つけ、自身を見つめ直すこともできました」

「団地での思い出は、地域活動での出来事です。ご高齢の方が突然倒れ、騒ぎになった時に、働いている介護現場で学んだ知識を活かし、率先して地域の方の助けに入ることができました。あの時は本当に多くの方から感謝されたことを覚えています。未経験の介護の仕事についたばかりで、自信を無くしていたのですが、『介護の仕事をやってよかった』と初めて思えた瞬間でした」

若者たちが「住宅つき就職支援プロジェクト」へ参加する背景は様々だ。働くこと・自分らしく暮らしていくことへの自信を失った状態で、プロジェクトに辿り着く者も多い。

そんな中、住民達はいわゆる「支援者」とは異なる、とても真っ直ぐな姿勢で若者と関わる。若者の存在を喜び、頼りにし、何か困った事があればチカラになってくれる。そんな、「一人の人間としての関わり」が大きな後押しとなり、若者たちが暮らしや仕事に必要なパワーや自信を取り戻しつつある状態に向かっていく姿が印象的だ。

「助けられる存在」ではなく「助け合う存在」

高齢者でも若者でも、どんな人だって誰かの助けになれる。そうやって自分の存在を肯定できる経験を重ねることが、自信となり、孤立せずに生きるチカラとなるのかもしれない。

自立支援の新たなモデルケースとして

2021年3月末、このプロジェクトでの挑戦が、報われるような出来事があった。NPO法人等が「住まいを確保することが困難な人たちの自立を支援する」場合に、全国にある公営住宅の空き住戸を積極的に活用できるように省令が改正されたのだ。(「公営住宅法第 45 条第1項の事業等を定める省令」(平成 8年厚生省・建設省令第1号))

本件については全国の自治体に展開され、今後その活用が期待されている。この住宅つき就職支援の取り組みも、先行事例として「令和3年度居住支援全国サミット」の中で紹介して頂いたり、様々な自治体や支援者の方が視察に訪れてくださった。

改正された省令の内容が、各都道府県で実際に活用されていくかどうかは、これからの新しい挑戦だ。清滝団地で生まれたような景色を全国に広げていくためには、様々な課題があるが、試行錯誤を重ね、空き家化の進む「公営住宅」を「これからの地域をつくる希望」に変えられるよう、あらゆる可能性を模索し続けたい。

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