太田雄貴 × 一力 遼 × 羽田 正
◉ 太田雄貴(おおた・ゆうき)北京五輪フェンシング銀メダリスト/IOC委員/JOC専務理事
◉ 一力 遼(いちりき・りょう)囲碁棋士 九段/河北新報社 取締役
◉ 羽田 正(はねだ・まさし)歴史学者/東京大学名誉教授/トヨタ財団 理事長
トヨタ財団の「つながりを考える」というテーマの動画シリーズの第2弾は「変わることで、つながる」がテーマ。トヨタ財団理事長を務める東京大学の羽田正名誉教授、北京五輪フェンシング銀メダリスト、太田雄貴IOC委員/JOC専務理事と囲碁で応氏杯世界選手権を優勝し、河北新報社の取締役も務める一力遼棋士の鼎談での未公開部分を掲載する。どんなことが語られていたのか?
執筆 ◉ 武田信晃(フリーライター)
写真 ◉ 馬場亮太( カメラマン )
肉体だけではなく、聖域であった知能も人間をこえる存在が登場
動画の6分30秒ぐらいのところでAIの話となり、2016年に登場した囲碁のAI、AlphaGoが囲碁界に衝撃を与えた。これは一般のニュースにもなったので記憶に残っている人も多いだろう。のちに将棋界にも強烈なインパクトを残すAIだが、その存在は、囲碁の定石を根底から覆した。そして、今はどうAIを活用しているかにシフトしている実情を説明していた。
一力氏によると、AIだけで囲碁を勉強してもどの位、強くなるのかは、まだ、未知数だという。そして、「定石がガラッと変わりましたが、それでも結構、江戸時代に打たれていた手が今でも残っていたりします。興味深いというか、囲碁の奥深いところだなというのは感じます」と人間が長年、培ってきたものが全て否定されるものではないとした。
羽田理事長はAIについて「フィジカルAIを含め、人間の力を個々でこえているものはいっぱいあります。眼鏡は、遠くに見えないものを見えるようにするわけですから、ある種のAIみたいなものです。走りでは、車は人間を超えています。人間はオールマイティで、すべてにおいて優れている、1番ではない状況はすでに存在しています。ですが、知能というか、脳の部分だけは、人間は優れているのではないかという思い込みがありましたが、これもそうではないかもしれない状況です。これからの人間はAIの活用で、うまくやっていくのではないかという気がします」と、肉体だけではなく、人間の知能を上回る存在が登場したことを、私たちは受け入れるべきだろうと提唱した。
伝統か? スポーツか?
囲碁は、長らく日本が強かったが、韓国、中国が台頭して90年代前半をすぎると日本は世界大会で勝てなくなっていた。13分ごろに、韓国や中国にとって囲碁とは「マインドスポーツ」だが、日本は「伝統文化」の認識から脱却しきれなかったことが、世界を相手に勝てなくなった要因だと分析しているが、一力氏はもう少し語っている。「韓国や中国は、国ぐるみで組織的に育成し、チームとしていろいろなことを研究していますが、日本は今でも文化としての価値観が根強く残っています。個人で芸を極めていく感覚が強く、ほかの人と一緒になって頑張ろうというマインドになることは世界戦でもあまりなかったです」と取り組み方が対照的だった。
そこで一力氏は、韓国に行ったときに、どのように強化しているのかを関係者に聞きに行ったほか、国際大会でチームメイトにベストなパフォーマンスを発揮してもらうために、ナショナルチームとしてのサポート体制改善の提言をするなどしてきたそうだ。
囲碁をたしなむ羽田理事長は、中国に行ったときに囲碁のレジェントと話す機会があり、「中国では40年位前から囲碁をスポーツの一種としてとらえ、棋士は卓球の選手とトレーニングを積み重ねていたそうです」
競技を知ってもらうには
競技を見る時の「わかりにくさ」は普及の妨げになることが鼎談では実は語られていた。太田氏は、オリンピック競技で突き詰めると身体能力の対決になっていき、見る人にとっては物足りなさがでる。一方で、採点競技では、芸術性などを加味すると目に見えないものが評価対象になり、わかりにくい。今は、わかりやすさを求める時代ゆえに身体性と芸術性のバランスが求められるとした。
それを受けて一力氏は、対局の盤面を見た時、プロが見てもどちらが優勢なのか分からない時があるという。「(複雑さは)普及のネックになっている部分があるかなと思います。やり方工夫する余地はあるので、いろいろなアイディアを出していきたい」
一般により広める上で、太田氏は見せ方が重要になると説いた。例えば、フェンシングは非常にスピードがある競技だが、どちらの剣が先に相手についたのかは機械が判定するので結果はわかる。ただし、スロー再生しないと素人は、剣先がついた瞬間を視覚的には捉えられない。これをビジュアル化するにはAIやテクノロジーの出番となる。「先日、アメリカでプロリーグが立ち上がりました。そこでは、僕らが東京五輪に向けて作っていた剣先をAIでトラッキングして、画面上にAR(拡張現実)のエフェクトとしてすぐリアルタイム生成する技術を導入しています」と語る。
そして、何か作るときは、わかりにくいものや本当にネックになっているものを知り、逆に、コアバリューが何かを見分けることを大事にしている。「課題を乗り越えるからこそ、価値が出ると考えていて、課題をこえる瞬間が、テクノロジーとかイノベーションだと思っています。背負っているものが一見、ネガティブなものは、乗りこえた時にすごい価値に変わると思う」……この考えは、特にビジネスマンに参考になりそうだ。
AIの時代において、最後の最後は人のつながりが重要に
20分ごろには、人との付き合い方、つながり方の話になった。太田氏は人を誘う際、「みんなを誘うが、参加を決めるのは相手だと思えるようになると、気持ちが楽になった」というエピソードを話した。「ほとんどの人は、誘って断られたり、お願いしたりして、断られて、傷つく自分が嫌なんです。ほとんどは自己防衛本能だと思っていて、相手に気を使うこともあるし、例えば、告白して、振られたら嫌ですからね(笑)」と本音も語った。ただし、「自分の心の持ち方について、どこにトリガーがあるかわからない」とも話しており、太田氏のようにどうすれば気持ちが楽になるのかというトリガーを探す作業を、人それぞれが行う必要はある。
そう考えられるようになった太田氏は「自分は営業マンだと思って生きてるっていう風に自覚ができたのは近年、良かったこと」。フェンシング協会にいたときは、協賛企業へのセールスを全部自分でやっていた。周りからは「1人電通」と呼ばれたが、ビジネスにおける推進力を身につけた。動画の冒頭に、3者とも「常識に囚われたくない」という言葉を発したが、変革を起こす人は、AIの使い方についても誰も思いつかなかった活用法を見いだすのかもしれない。そして、太田氏は、AIがアイディアなどの創造的な部分も担うと推測し、「人間同士の調整をして、最後までそのやりたいことを実現しようとする部分は人間がやるはずです。ただ、それに反対する人もいるはずで、その人を説得し、納得してもらう方向にもっていく。それが人間に残された仕事なのかなって気がします」と述べた。
AIが業務の大半を担っても、人間同士の調整が必要になるなら、それこそ人間のつながりが重要になる。つながりがあるということは、信頼があるとも言える。AIの時代になっても、人間の営みを進めるには、つながり次第であるということだ。


















