公益財団法人トヨタ財団

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2019年度 国際助成プログラム 選後評

選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授

2019年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評

1974年、トヨタ財団が設立されてからというもの、東南アジア諸国への助成は、その中心的活動の一つであり続けている。2009年度の「アジア隣人プログラム」の立ち上げにより、アジアが直面する問題の解決を目指すプロジェクトを公募・助成するようになり、2013年度からはプログラム名を「国際助成プログラム」へと変更した。アジアの未来を見据えた政策提言型プロジェクトに助成してきたが、2015年度からは、アジア共通の課題に対し、相互交流と学び合いを通じて取り組むプロジェクトを公募している。2019年度の国際助成プログラムの基本形は、この時に作られたといってよい。

トヨタ財団では昨年度から、助成プログラムの重点化方針が議論されている。国際助成プログラムの場合、「異なる国籍や文化的背景を持つ多様な人々が共に暮らす社会」が、この重点領域(A)に当たる。また、これにも関わる多様な提案をオープン領域(B)として再編成することになった。

助成採択にあたって財団が設定する5つの条件(社会的意義が大きい、内外の課題を先取りする、未来志向、持続可能性・発展可能性がある、波及効果が期待される)を前提に、2018年度から国際助成プログラムに特有なキーワードとして、以下の4つを提示しており、今年度もこれを踏襲している。全体予算も7000万円と、これも昨年度と変わりがない。

(1)国際性:プロジェクトがカバーする地域が東アジアないし東南アジアの2カ国以上、プロジェクトを動かすメンバーも同様に2カ国以上から集まっていること。また、プロジェクトの成果/効果が国際的な広がりをもっていること。

(2)越境性:問題解決のために必要かつ十分な専門家(研究者や活動家、行政担当者など)が有機的に関わり、プロジェクトに参加していること。

(3)双方向性:プロジェクト実施にあたって、参加者が相互に学びあう関係性を構築していること。

(4)先見性:将来生じうる問題を視野に入れつつ、プロジェクトがもたらすアウトカムを強く意識し、今後の発展可能性を含んだものであること。

もっとも、昨年度からの変更点がもう一点ある。プロジェクト代表者が主な居住地を日本に置くことが、条件として付加された点がこれである。「これにより、助成前・助成中・助成後の様々な段階で、助成対象プロジェクトの代表者が、トヨタ財団とのコミュニケーションをより緊密に図れるように」(募集要項)することを目的とした変更だったが、これは後述のように、応募件数や応募内容に大きな影響を及ぼすことになった。

応募状況

2019年度の応募件数は147件。2017年度の328件、2018年度の242件と続いてきた低下傾向は、今回も変わらなかった。

こうした傾向は、応募領域の変化とプロジェクト代表者の変化からも、トレースすることができる。

応募領域に関していえば、今回の147件のうち、申請ベースで領域Aは54件(37%)、領域B(オープン領域)が93件(63%)。応募書類の3件のうち2件がオープン領域での申請だった計算になる。昨年度の場合、オープン領域ではない(今回の領域Aに相当する)応募が130件だったことから、そこでの落ち込みが激しいことがわかる。

プロジェクト代表者の国籍別分布でも変化が見られる。147名のプロジェクト代表者のうち、日本からが105名(71%)と、前回の88名(36%)から全体に占める割合が倍増している。その分、日本以外からの応募が減ったのだが、その数値を具体的に見てみると、マレーシアが24名から9名、インドネシアが18名から8名、フィリピンが17名から2名へといった具合に、東南アジアからの応募者が軒並み減少していることがわかる。前回9名が応募してきたアメリカからは1名、4名が応募した中国から応募してきた者はゼロとなっており、これらの地域から多かった提案が、今回は極端に低下している。

このように、プロジェクト代表者が主な居住地を日本に置いておくことが応募条件に加わったことにより、東南アジアを中心にした海外からの「オープン領域」以外への応募が減ったことが、全体の応募件数を低下させることになった。逆にいえば、提案されたプロジェクトにあって、日本を対象地域として含むケースが、以前にもまして多かった。図1は、申請書に記載されていたプロジェクト対象国を多い順に並べて示したものだが、全申請書の76%、つまり申請書の4件のうち3件が日本をプロジェクトの対象としていることがわかる。

表1 申請者の国籍分布:2019・20年度

申請書に記載されていたプロジェクト対象国 (東アジア・東南アジア以外は除く)

 その結果、プロジェクト対象国の類型にも変化が見られるようになった。日本と東南アジアを対象にしたプロジェクトが56件となり、日本以外の国で対象国が構成されているプロジェクト36件よりも数が多くなった(図2参照)。また、日本+東アジア+東南アジアという、対象国を結合することが難しい提案も34件に上っている。

図2 申請書に記載されていたプロジェクト対象国の類型
(東アジア・東南アジア以外は除く)

図2 申請書に記載されていたプロジェクト対象国の類型 (東アジア・東南アジア以外は除く)

 もっともプロジェクト対象国の数は、さほど多くない。3カ国、2カ国を対象としたプロジェクトが合計で115件と申請書全体の78%を占めているが(図3参照)、対象国をあまり多くしてしまうと調整のためのコストがかかりすぎ、双方向性を担保したプロジェクトとなりにくくなることを考えると、これも納得がいく。

図3 申請書に記載されていたプロジェクト対象国の数
(東アジア・東南アジア以外は除く)

図3 申請書に記載されていたプロジェクト対象国の数 (東アジア・東南アジア以外は除く)

選考プロセスと選考結果

選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーで構成した。うち2名は昨年度から残留し、2名は新メンバーとなったが、選考は以下のようなプロセスで行われた。

図3には申請書に記載されていたプロジェクト対象国が「1」というケースが含まれているが、これは明らかに(1)国際性の要件を満たしていない。そこでまず、3名のプログラムオフィサー(PO)は、このように申請書として不備があるものを取り除き、選考委員会メンバーに査読を依頼した。

次に4名のメンバーが申請書を査読し、近年の採択実績から採択プロジェクト数を10件と仮定した上で、採択したいプロジェクト10件を推薦した。推薦する際、「是非とも採択したい」と考えるプロジェクトにはウェイトをかけたスコアを与え、個々にコメントを付した。査読の際に疑問が生じた場合、POを通じてこれらの疑問を申請者に投げかけるなどして、補完的な情報を収集した。選考委員会メンバーは、時間が許す限り、POが除外した申請書にも目を通し、遺漏なきよう努めた。

最後に、評価の集計が終了した段階で、選考委員会を開催した。委員会では、4名のメンバーのうち最低1名が推薦した22件の申請書を1件ずつ取り上げ、メンバー各自が推薦する/推薦しない理由を述べあった上で、意見の齟齬がある場合には討論をし、採択対象を仮決定した。その後、申告通りの領域でよいかどうかをチェックし、POが集めた情報も考慮に入れつつ、領域間や地域間のバランスなどを確認し、最終決定とした。

今年度採択された案件は9件。採択率6%という、実に狭き門であった。

2019年度の採択案件については、以下のような特徴が見られる(図1、2、3参照)。

第一に、申請書全体でもそうであったように、日本をプロジェクト対象国としているのが7件と多く、対象国に日本が含まれていない2件も、日本人がプロジェクト代表者となっている。逆にいえば、日本(人)と関係ないプロジェクトは採択されなかったことになるが、これがよかったかどうかは、今後のプロジェクトの展開を見てみなければならない。

第二に、採択されたプロジェクトでは東アジアを含むものが2件(台湾1件、韓国1件)と、東南アジアに比べて少なくなっている。申請者の国籍でも中国からがゼロだったが、採択されたプロジェクトで中国が含まれているケースもゼロだった。中国の存在感や中国自身が抱える課題の多さを考えると、残念な結果である。

第三に、採択されたプロジェクトを領域別で見ると、Aが3件(33%)、Bが6件(67%)と、領域ごとの相対的な採択率はほぼ同じであるが、読み応えのある申請書は、実はBの方が多かった。領域Aの内容及び応募の仕方については、今後、工夫が必要となるかもしれない。

2018年度の11件に比べ、採択数が2件減っているが、これも昨年に比べて採択したいと思える(特に重点領域の)申請書が少なく、挑戦的な提案が多くなかったことに起因している。昨年度から残留した2名の選考委員が、ともに「昨年に比べて選考が楽だった」と述べていたのが印象的だった。

採択案件の紹介

本年度の採択案件のうち、A、Bの対象領域で比較的高評価を得たプロジェトを1件ずつ紹介したい(カッコ内の国は、国際助成プログラムの対象地域外であることを示す)。

領域A. 異なる国籍や文化的背景を持つ多様な人々が共に暮らす社会

毛受敏浩 公益財団法人 日本国際交流センター 執行理事
「越境的移動における情報保障の社会基盤―公正で安定した移住の実現に向けて」
対象国:日本、韓国、(ネパール)、ミャンマー
期間:2年間
助成金額:800万円

長年、日本国内で国際交流に携わってきた毛受敏浩氏が執行理事を務める、公益財団法人日本国際交流センターを中心にした、地味だが意義深いプロジェクト。

通常の労働力移動にあっては、圧倒的な情報の非対称性が存在し、中間業者の暗躍が示唆するように、不正な募集・斡旋行為、就労にかかわる権利の侵害、技能のミスマッチなどが発生してきた。本プロジェクトでは、アジアからの移民受け入れ国となりつつある日本と韓国の専門家が連携し、ネパールやミャンマーからの移民が「公正な移住」を経験できるよう、送り出し国における移住労働経験者による組織と専門家とともに、協働型アクションプランを策定することを目指している。移住者の「情報保障」を実現するための試みで、政府などの公的機関との連携が図られ、その成果の発信に工夫を加えることで、より大きなアウトカムが期待できる。

領域B. オープン領域

友廣裕一 一般社団法人 つむぎや 代表理事
「デザイナー滞在型事業を通じた地域の中間プレイヤー育成と国やセクターを超えた学び合いのプラットフォーム創出」
対象国:インドネシア、カンボジア、ベトナム、台湾、(インド)、タイ、フィリピン、マレーシア、日本
期間:2年間
助成金額:900万円

2015年から2018年にかけて、東日本大震災で被害を受けた陸前高田市で滞在型プログラム「DOOR to ASIA(DTA)」というプログラムを実施した経験を活かした、一般社団法人つむぎやを率いる友廣裕一氏による意欲的な提案。若手のデザイナーをメンターとともに特定地域に派遣し、その地域のもつ強みを理解した上でこれを具体的なデザインに落とし込む(そしてこれを外の市場に販売していく)という方法を通じて、国やセクター、活動領域を越えた学び合い・助け合いのプラットフォームを作ることを目的としたプロジェクトである。すでに経験を蓄積しており、以前のプロジェクト参加者が支援するばかりか、アジアに広く協力者のネットワークを持っているため、広い範囲での学び合いが期待できる。また従来の内発的発展の弱点を補完する「中間プレイヤー」の育成を強く意識していることからも、今後の発展可能性も期待できる。

おわりに

今年度の重点領域は、アジア域内における人口動態に起因する諸問題(国によって異なる出生率や労働人口の多寡、及びその結果生まれる社会問題の違いが背景となって生じる域内での人口移動と、移民の増加が引き起こす多文化共生の課題など)を念頭に、その具体的な解決に向けた提案を受け入れるべく、テーマが設定されている。ところが、英語表記だと”Multicultural Inclusion in Communities”と、(移民現象に伴う)多文化共生の問題であることがストレートに伝わるものの、日本語だと少し漠然としていたためか、申請書の中には「提案する領域が間違っているのではないか」と思われるものも散見された。また、重点領域への応募数が少なかったのは、日本を主な居住地とするプロジェクト代表者にとって、移民や多文化共生の問題を、広くアジアとの連携から考える実践事例が少なかったからかもしれない。

今回の審査にあたって痛感したのは、プロジェクト代表者のこれまでの経験の濃淡が申請書に如実に表れる、ということだった。通常業務に追われるNPO関係者にとって、プロジェクトの意義やその期待されるアウトカム等を、第三者に向かって説得的に議論するのは簡単でないだろう。他方で、学術的な訓練は受けていても、その社会変革への道筋をさほど意識してこなかった研究者にとって、国際助成プログラムの申請書執筆は科研費申請のそれよりも大変に思うはずだ。こうした困難を乗り越え、多くの方々が来年度の国際助成プログラムにチャレンジされることを期待したい。

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