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JOINT50号 WEB特別版「ワークとライフのバランスをどうとるか」

JOINT50号 WEB特別版「ワークとライフのバランスをどうとるか」

ファシリテーター ◉ 武藤良太(プログラムオフィサー)

※本ページの内容は広報誌『JOINT』に載せきれなかった情報を追加した拡大版です。

ワークとライフのバランスをどうとるか

野村 駿(のむら・はやお)
◉野村 駿(のむら・はやお) 
秋田大学 教職課程・キャリア支援センター講師。2023年度 イニシアティブプログラム「学校現場とともに進める働き方改革に関する実践的・実証的研究このリンクは別ウィンドウで開きます」代表者

三者三様の立場と活動

野村 秋田大学の野村です。プロジェクトメンバーは、学校や企業で調査をしてきた4名の研究者に加えて、実務家教員(元教員)3名にも入っていただき、学校を一つの組織として見たときに、それぞれの学校の働き方、先生方の働き方がどう違うのかといったところに重点を置いて一緒に調査をしています。教師の多忙問題にどう切り込めるかという点に関心があります。

2018年にOECDが出した中学校の教師の労働時間を国際比較した結果を見ると、日本が突出して長時間働いていることがわかりました。授業の時間ではなく、生徒指導や部活動で労働時間が長くなっていることがこの国際比較調査からわかります。

プロジェクト名には、「学校とともに」というワードを入れました。その狙いとしましては、教師の働き方に関する調査研究がいろいろ出てきている中で、働き方改革によって学校現場で何が起こり教師は何を感じているか、実際にどのくらい先生方の働き方を変えたのかなど、現場の実態、現場の声を重視してボトムアップにその方法論を考えたいと思っています。

もうひとつの焦点として、小中学校ではなく高校であることが大きいです。僕が担当している授業で、教員免許を取ろうと思っている学生たちを県内の高校に受け入れをお願いしてインターンシップインターンシップをさせてもらっているのですが、その事後指導のときに、どこも先生たちが忙しそうだったという話が続く中で、ある学生グループが「先生のほとんどが定時で退勤していた」と報告して、フロアがざわついたことがありました。これまで聞こえてきた学生からの声の大半は、「やはり学校はブラックな職場環境だ」とか「親も友達も先生はやめておけと言っている」とか、「労働環境が原因で先生になるか迷っている」といった内容だった中にこういう発言が出てきたのです。よく考えてみたらすべての学校が多忙なわけでも、ブラックなわけでもないですよね。忙しい先生もいれば、そうじゃない先生もいるだろうし、忙しい学校もあればそうじゃない学校もあるはず。ではこの違いは一体どこからくるのか? という疑問から、ある種一面的に語られてきた教員労働問題への批判として、こういった部分にメスを入れたいなと。高校独自の文脈では、学科や進路の問題があります。就職がメインか進学がメインか。あとは学校の規模も地域によって違うので、勤務校によって教師の働き方が大きく違ったり、抱えている困りごとが違うのではないかと思い、その辺をもう少し細かく見ていく研究をしたいと思ったのがきっかけでした。

助成をいただく前に、県内の高校でインタビュー調査をしていました。それを通じてある程度特定の学校の状況は見えてきたので、これを秋田県全体で調べようというのが、今回助成をいただいたプロジェクトになります。調査内容は、秋田の高校の先生全員にアンケートをお願いしました。回収率は6割ほどもありました。さらに県教育委員会から労働時間データを提供いただくこともできました。さらに、ある先生が担任を持っているか、どんな部活の顧問をしているかなど各学校の要覧がありますので、その情報と労働時間データと、アンケートの結果を全部紐付けることによって、大規模なデータセットを作って分析をしました。

現在、二回目のアンケートを準備しているのですが、これはパネル調査と言われる同じ人に繰り返し調査をして変化を確認する方式になっています。ある先生の労働時間が減っていたら、なぜ減ったのかをもう少し精緻に分析しようというものです。さらに学校現場には「数」で捉えきれない部分もあるので、インタビューもやろうということで、アンケートにインタビューの項目を入れたら、すごくたくさんの先生が名乗りを上げてくださって、順々にエリアを変えながら現在46名の先生にインタビューを実施しています。

教育学だと学校と一緒に調査をやるとか、学校に入って研究をすることは少なくないのですが、研究者が第三者として関わる意味をもう少し真剣に考えていきたいと思っています。学校現場に行政、校長協会、労働組合などが関わっていく中で、では研究者や大学はこういったいろいろなアクターにどう関わっていけるのか。大きく二つを意識しています。

まず現場の「あるある」を検証するということ。先生方がなんとなく思っていることをしっかり数値で出して、先生方の実感はあっていますよという根拠を提示するという役割。もう一つは、研究者の視点を介することで初めて浮かび上がるものを示すこと。いろいろな専門性を持っている研究者がチームに入っているので、多様な視点から高校現場、教育現場を見ることで、なるほどそうなっていたのかと理解してもらえるようなことも提示したいと思っています。

しかし、僕は教師の研究を長年やってきたわけではありません。もともとは「夢追いバンドマン」の研究をしていました。普段やっているのはライブハウスなどに行って、「俺は音楽で生きてくんだ!」と言っている若者に、なぜそう思うようになったの? ということを聞いたり、彼らがその後どうなっていくのかを追跡調査したりしてきました(野村駿、2023『夢と生きる バンドマンの社会学』岩波書店)。

教師の研究をやり始めたのは、大学院生のときに中学校の先生の働き方の問題に共同研究で関わらせていただいたのがきっかけでした(内田良・上地香杜・加藤一晃・野村駿・太田知彩、2018『調査報告 学校の部活動と働き方改革─教師の意識と実態から考える』岩波ブックレット)。なので、もともと若者の働き方、いわゆるサラリーマンのような雇用労働者ではない選択をした人たちがどういうライフコースを歩んでいくのかという研究をずっとやっていく中で、それを教師の働き方の話に置き換えて、働きすぎという問題が何によって起因するのか、何によって変化するのかということを明らかにして、それを現場に還元していきたいと考えています。これまでやってきたことと現在していることは異なりますが、「働き方」に関心があるという点では共通しています。

中野祥子(なかの・さちこ)
◉中野祥子(なかの・さちこ) 
山口大学教育・学生支援機構 留学生センター 講師。2023年度 特定課題外国人材の受け入れと日本社会「外国人雇用企業への防災BCPの構築と実践:「わかる」から「できる」に移行する異文化間心理教育を用いた防災プランと研修開発このリンクは別ウィンドウで開きます」代表者

中野 私の専門は異文化間心理学で、博士号は文化科学です。現在は山口大学の留学生センターというところで講師をしており、留学生に対して日本語教育をしています。また、最近新しい大学院ができまして、その修士課程で異文化間心理学を教えています。

研究や社会活動としては、外国人の日本語教育、日本人に向けてのやさしい日本語の指導、それから外国人介護職の人たちに向けた方言研修をしています。インドネシアやフィリピンの技能実習生が介護職についているケースが多いのですが、山口は山口弁が結構きついので、日本語N4レベルで入ってきた実習生たちでも、実際は全然言葉が通じなくて心が折れてしまうことがよくあるので、それをどうにかしたいと考えています。お年寄りの音声を録音して、その言葉を教えて、実際に対面して話すという、対面を介した異世代間交流かつ異文化間交流プラス日本語教育をしています。方言を使いこなせるようにすることが目標ではなくて、まずはお年寄りを怖がらないとか、方言があるけれどもなんとか会話になったといった成功体験を積み上げてもらって、居場所を作ることを目標にしたプログラムを動かしています。それから日本にいた留学生や技能実習生たちが母国に帰った後に日本語の能力を維持するお手伝いもしています。

個人的には15年ほど在日ムスリムの異文化適応研究をしています。異文化適応と言ったら、引っ越してきた先の新しい文化に馴染んでいって、自分が変わって日本文化を覚えていくというのが前提とされていますが、例えばイスラム教徒は価値観や行動様式が決まっていますよね。そういう人たちと私たちはどうやって共生していくんだろうという研究をしています。ムスリムに限らず、臨床心理でよく使われるものですが、まずは文化の違いに気づく、それから理解する。そしてそれを認知に落とし込んでからカルチャーシミュレーターなどを使ってクイズ形式で学んだ後に、ロールプレイでどのようにしたらうまく対応できるかというように、文化の違いをエビデンスを取りながらプログラムを作っていくことをしています。このようなことを活かして、外国人材の受け入れのアドバイジングをしたり、職場適応が早く進むように、外国人労働者に向けた研修の開発をしています。他には、国内企業が海外へ販路を求めるときのアドバイザーもしています。対人関係のところでは、外国人労働者の心理カウンセリングを行い、退職したい人や転職したい人を早期に発見して、社内でどうにかならないかという調整役もしています。

外国人材と一言で言っても、いわゆるホワイトカラーの人たちと、特定技能や技能実習生の方たちとは思考が全然違っています。前者は残業はしたくないと思っていますが、基本的に技能実習の皆さんは収入のために残業して働きたいんですよ。残業がない会社は収入につながらないので人気がなく、そのような会社は「ホワイト」だからというのが転職の理由になります。韓国は日本に比べると残業し放題の企業が多いので、人材が韓国に流れていっていると聞きます。「働く」といった時に何を目指して働いているか。賃金なのか、生涯設計なのかみたいなところで、ずいぶん視点が違うんだなというのは、この研究を始めてから衝撃を受けたことの一つです。

助成プロジェクトでは、在日外国人のための異文化間防災研修プログラムを作成します。外国人雇用企業への防災BCPの構築と実践ということなのですが、BCPとは災害や事故、パンデミックなどの緊急事態が発生したときに、企業が事業を中断することなく、できるだけ早く通常業務を再開できるようにするための計画で、それを外国人用に作ろうというのが主な目的です。近い将来大きな地震、特に首都直下と南海トラフが発生すると言われています。外国人材は中小企業にとってはもう欠かせない戦力となっており、製造業では外国人材が3割を占めています。ですが、日本の遠い地域で地震が起こっただけで関係ない県の労働者が帰国してしまうようなことが増えています。そのようにして帰国してしまったり、あるいは災害が発生したときに情報がなく逃げ遅れて亡くなってしまうようなことが起きると、企業は製造が止まってしまって立ち行かなくなりますので、その点の対策が必要です。

中小企業のBCPの普及率はとても低いです。その理由は、まずは資金面です。BCPの策定には百万単位で専門家にお金を払わないといけませんし、専門家に丸投げしたらいいのではなくて、みんなの連絡先、住所、兄弟や親が住んでいるところなども全部調べて、そのハザードマップを出したり、取引先の連絡系統なども調べるので、会社の負担がとても大きいです。労働力が足りなくて外国人材を受け入れている会社にその余裕があるかというと、それはかなり難しいです。さらには外国人材特有のニーズによって、備蓄しているものがほとんど使えないようなこともあるので、文化的背景を考慮したBCPが欠如しているというところが問題になっているかと思います。

外国人材への防災対応はかなりされています。多文化防災というものもたくさんありますし、やさしい日本語で伝える防災もたくさんあります。ただ、それは行政に依存する傾向が強いです。行政なのでみんな平等にしなくてはいけませんから、多文化防災という形で日本とひとくくりにした外国という対比になっています。私たちが今回やりたい異文化間防災は、外国人労働者の8割りを占めるインドネシア、ベトナム、ミャンマー、中国、ネパール、フィリピンが対象です。たとえばインドネシアと日本の防災常識の違いはどこにあるのかを調べます。日本では地震が起きたらすぐに机の下に潜って、揺れが収まってから様子を見て建物の外に避難しますが、インドネシアでは揺れが始まったらすぐに建物から出ないと建物が崩れてしまいます。耐震構造が全然違いますので、地震の際の常識が全く違います。このように何がギャップなのかを認知します。まずは外国人材の多い国の特徴を調べて、それをフォーカスするような形で比較していくのが、今回私たちが考えている異文化間防災です。

助成題目は「わかるからできるに移行する異文化間心理教育」としています。普通のBCPはマニュアルがたくさん書いてあるのですが、有事の際にそれを見返していくのはとても難しいはずです。だからそれを頭に入れるために、例えば緊急連絡を受けたら自分が次に連絡するのは誰なのかイメージできるようにその人の写真でカルタをするなど、知っているだけとか見たらわかるだけではなく、すぐに思い出して行動することまでできるようなものを作ろうと考えています。行政のような一般的なものとは差別化して、個別の文化的配慮を反映した研修を徹底することが効果的ではないかと考えました。

私たちが組んでいるチームには特徴があります。私は異文化のことが専門です、チームには同じ山口大学から三浦という防災の専門家が参加しています。三浦はJAXAのデータなどを解析しながら正しいハザードマップが出せるのですが、正しいハザードマップと被害想定が出せると何ができるかと言うと、あなたの地域でこの規模の地震が起きたらマックスでこの震度になるので、この家だったら自宅での避難になります、あなたは避難所での避難になりますということが細かく伝えられるのです。避難所での避難の備えと自宅での避難の備えは変わってくるので、過不足なく準備ができるというところがポイントです。これができる専門家がいるということは、BCP策定のために従業員の住所を調べて正確な被害想定が出せるので、その近隣に住んでいる地域の人たちに対しても提供できる情報になります。地域の人にとってもメリットになりますので、そのようなワークショップをしようと考えています。

辻岡秀夫(つじおか・ひでお)
◉辻岡秀夫(つじおか・ひでお) 
NPO法人「ゆどうふ」理事長。一般社団法人JYCフォーラム理事。臨床心理士。2021年度 国内助成プログラム「多様な若者が活き活きと社会参加できるまちづくり ―『わらしべワークプロジェクト』このリンクは別ウィンドウで開きます 」代表者

辻岡 東京都町田市に拠点を置いているNPO法人「ゆどうふ」という団体で、ひきこもりの若者とご家族の支援活動を行っています。

私たちの活動のひとつに「わらしべワークプロジェクト」というものがあります。これはひきこもりの若者が、サポーターとよばれるスタッフとともに地域の団体や企業、また個人の困り事を有償で解決する取り組みです。若者の「力になりたい」という想いと地域の「助けてほしい」という想いをマッチングさせることで、若者が地域の担い手になることやその体験を通して社会参加の形を自分なりに見つけてもらうことを目指しています。

トヨタ財団の助成で行った調査から、若者が提供できることと地域が解決したいと思っている課題が合致していることがわかりました。また、活動を行うにあたって依頼主とのコミュニケーションの部分に不安がある若者が多いということもわかったので、両課題が解決、カバーできるような形でこのプロジェクトを始めました。

このプロジェクトはワークを体験したひきこもりの若者が自分も社会に出られるかもしれないと思い挑戦する後押しになりますし、もし難しくて戻ってきても自分のペースで再挑戦できるようなフォローの仕組みを考えて実施しています。

ここに相談に来られる方々は職場や学校に所属してない、でもコンビニには行けたり、趣味の集まりのサークル活動には入っているというような人から、もう何年も自分の部屋から出られない方もいらっしゃるので、状態の幅は広いといえます。以前はいじめなどがきっかけで不登校になって学校に行けなくなり、そのまま家に留まり続ける人が多かったのですが、最近の調査によると、学校を出て仕事をして、そこで挫折して再就職するところに至らず、家に留まり続ける人が増えていることが分かっています。

あとは 8050問題という、親が 80代、子が 50代で、社会的に孤立している家庭などさまざまな課題が複合的に出てきているのですが、行政に対応できるセクションがないというかなり深刻なケースも増えてきています。訪問や個別の面談というところから始めて集団活動へ移行して、同じような思いを抱えた人たちとこの場所で交流をしたり、わらしべワークプロジェクトという地域活動をしていただいています。地域に一歩出て役割を持って活動していく。それを経て、社会参加していくというモデルで活動しています。傾向として、やってみたけれどやっぱりダメだとか、社会で働く気持ちにはなれないなどの理由で戻ってきて、また挑戦する。それを繰り返す中で少しずつ底上げされていくようなところが特徴かなと思っています。国や自治体のひきこもり支援もありますが、そのほとんどが雇用契約を結んでの就労を目標としてきた歴史があります。私たちが実践してきた中で感じているのは、そこに至るまでの過程で人や社会を信頼するとか、「自分もやれるかもしれない」といった感覚を持てることが非常に重要だということです。その先に就労支援があると思うので、私たちはその間の、地域で役割を持つことで「自分もやれるかもしれない」と気づいてもらうことが重要だ思っています。

なぜ、ひきこもりの支援を始めたのかというと、私は大学院を出てからずっと心理職として働いてきました。心理職は基本的に自分がいる場所に来てもらってお話を聴くというのが基本的な支援のスタイルなのですが、来院・来所できるということは一定状態健康が回復しているわけです。逆にいうとそれは家から出られないような一番必要な人には何にもできていないことになるのではという思いがずっとありました。来院・来所してもらうカウンセリングを否定しているわけではなく、それに加えて困っている人のところにこちらから行ける形も作りたかったのです。

ひきこもりの若者たちが、わらしべの活動を通じて出会った地域の人たちと一緒にご飯を食べているときに、ある男性が「俺、企業の人事担当でいろんな人を採用してるんだよ」と言ったことがありました。そういう人ともわらしべの活動を通してだと仲良くできますが、自分が就職の面接を受ける企業の人事担当者と考えると、別の世界に生きていて自分に審判を下す人のようなイメージがあるので、明らかにその人の見え方が違ってきます。そこを崩していきたいと思い、その人事担当の男性の失敗話など等身大の話題を聞いたりすることによって、同じ人間なんだなと感じてもらうようなこともありました。結局、その人の能力やポテンシャルだけではなく、その人が社会をどう捉えるか、その見え方・考え方で世界の見え方や生活は変わると思っています。

働くことにおける平等とは

野村 中野先生のご説明に特定技能の人たちと専門職で来ている人たちの思考が違うというお話がありましたが、プロジェクトメンバーに企業の雇用労働の研究をしている人が入ってくださったおかげで、僕らの研究もいろいろな気づきがありました。たとえば教師の研究をしていると、部活動などがあるので土日の勤務時間も質問項目に入れたいわけです。でも企業の研究をやっていると、「そもそも土日の勤務時間って何?」という話になるんですね。それが少し似ているなと思ったのと、もうひとつ、仕事が好きで働いている、好きで長時間労働をしている人たちにどう介入できるか、あるいはすべきかというのが僕らのプロジェクトで今すごく大きな問題になっています。

辻岡さんのプロジェクトだと、人によって見え方が違うというのは言われればすごくわかるんだけど、言われないと全然気づかないポイントだなと思いました。でもそこが結構大事な気がしています。僕もバンドマンやいろいろな人にインタビューをする調査をしているので、こういうふうに見ているんだなと気づくポイントはたくさんあります。それでもやはり一面的に見てしまっているところもあるだろうし、むしろそういう見え方をどう社会に伝えていくか、辻岡さんが最初にこの事業を起こされたときに、地域の人にどう説明していったのか。たぶん地域の人ともその見え方の違いのところで何か衝突があったりとか、ずれが生じたようなことはなかったかうかがってみたいです。

辻岡 初めのうちは、ひきこもりの人がこういう地域活動をやるのって大丈夫なの? という声は少なくなかったです。メディアでひきこもりの人が問題を起こしたというようなニュースがたくさん流れるので、バイアスがかかっていたんですね。そういう雰囲気があったなかで町内会でみんなで草むしりをすることがあったときに、ひきこもりの若者と一緒に行ったのですが、しばらくしてから町内会の人から「で、ひきこもりの人っていつ来るんだ?」と言われて、もう一緒にやっていますよと。想像とは違って普通の若者が来たので気づかなかったということですが、こうやって社会的認知を変えていく必要があるんだなというのは思いましたね。直接会って話していくと、その人にはわかってもらえるのですが、マスで広げていくとなるとやはり薄まってしまいますので、効果的にわかってもらう形があるといいなと思っています。

中野 好きで働いている人にどうアプローチするかというのはすごく共感するところがあります。私自身も職種を決める際、自分はおっちょこちょいでミスが多いタイプなので、たとえば病院や一般企業などで働いたらすごく時間がかかってしまったり、ミスをして大変なことになりそうと思ったときに、人の話を聞いたり、人のために時間を使うことが全然苦ではなくて、そういうことが好きかもしれないと気づき、それが生かせるのは教育だなと思ったんです。

今思うと教師は何時間でも学生のことを考えるのが当たり前な職業だと思っていたということなのですが、それで誰からも怒られないし、迷惑ではないと思っていたからそれを選んだというところがあります。なので、教員は一定数そういう仕事だと思われているのも事実ですし、そういう人が選択して働いているであろうところも理解ができるなと思います。

好きでやっている人に対してどうするかというと、仕組み作りとして自由な選択肢が取れるように整備していくべきだと常に考えています。そのうえで自分の範囲のなかでやりたい人はやって、それを周りがとやかく言わないような環境を準備するのも大事だと思います。仕事には常に人間関係がつきものです。

ありがちなのは、たとえば、職場の外国人のスタッフだけ生活の足しにとご厚意で会社からお米や飲食店のサービス券をもらえるけど、日本人のスタッフはもらえない。でも日本人だってそんなに楽な生活ではないのに……、となります。外国人の子たちがほしいといったわけではなく、上の人が決めて配慮した結果、日本人スタッフに嫌われるのは外国人の子たちという、そういう影響を常に考慮して、働くことにおける平等とは何なのかを考えていく必要があると思っています。

辻岡さんに質問があります。私は外国人の特定技能の人たちを送り出す登録支援機関で顧問をしています。何か問題があった時に相談を聞いて会社と交渉したり、就職の手伝いや通訳に行ったりもします。これが日本人向けにもあったらすごくいいだろうな、就職も心強いだろうな、転職も防げるかもしれないなとすごく思うんです。先ほどおっしゃっていたサポーターはそのような心強い役割なのかなと思ったのですが、具体的にどういうサポートをするのでしょうか。理想的な人物像などはあるでしょうか。

辻岡 ワークに関しては終わったあとに振り返りを聞いてもらう以外は、一緒にワークをやってもらっています。サポーターには学生からリタイア世代まで多様な年代がいて、得意分野もさまざまで、ワークにはサポーターさんの都合や得手不得手に合わせて入ってもらっています。たとえば病院内で高齢者の方の車椅子を押すワークがあったら、そのサポートを学生にしてもらうのは難しいので、ワークの内容に合わせてある程度調整しています。ひきこもりってどういう人たちなの? とか、とりあえず行って見てみたいと関心をもっていただける人だったらどなたでもサポーター養成講座を受けていただきたいです。


働くことをどう価値づけるか

── 本日の鼎談の趣旨の中に「働く」と「働き」という言葉が並列していて、「働き」の方は「働き方」みたいな仕組みがあって、その上に個人の「働く」ということに対する向き合い方や心の部分も乗ってくるのかなと思うのですが、皆さんがプロジェクトを通じてやられているのは、働き方の仕組みや社会参加、コミュニケーションのところですよね。働き方の仕組みの話と「働く」を分けた時に、社会の構造的な部分ともう少し個人にかかわる部分があるかと思うのですが、それがどんなバランスになっていったらいいか、もしくは日本社会はこういうところが足りていないといったようなことはありますか。

野村 僕は、こちらの助成プロジェクトやバンドマンの研究とは別に、地域に残って暮らす若者に関する共同研究にもメンバーで入らせてもらっていて(日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(B)「産業構造の変容がトランジッション経験に与える影響の地域差」、研究代表:知念渉)、そこで最近関心があるのは、仕事に自己実現を結びつける見方があまりにも肥大化しすぎているのではないかという点です。仕事に自己実現を求めるバンドマンの研究をしたり、教師でも仕事=やりがいという見方ができるのですが、決してそういう人ばかりではないだろうと。

そうなったときに、働くことをどう価値付けるかというのは大きなポイントになると思いました。働く=自己実現であり、やりがいとされている世界とは違う「働くこと」をどう社会が認めていくか、どう位置づけているのかはとても気になります。たぶん現実にはあるけれど、表舞台では語られていないような印象があります。

中野 どちらの気持ちもわかります。私は中小企業で働いている従業員の方のカウンセリングをやっていて、自己実現型の方たちは、自分が先輩になったときには後輩にコーチングのような方法で指導していこうと思っている傾向が強いです。そういう方々は「後輩には自分がどうなりたいのかをまず設定させるところからやっていこうと思うんですよ」と言います。でもそういうときに思うのは、なりたい自分が仕事のなかで表現できない人だっているということです。そういう人も無理にその目標と計画を作らされて、そこに向かっていかないといけない辛さは絶対にあるので、そういう人だっているということをまずは認めてください、と言わないといけない場面があります。

加えて、経営者の方々が社員の意欲向上のために「この仕事には社会的意義がある」「みんなが頑張れば多くの人の役に立つ」といったメッセージを伝える場面は少なくありません。一方で、現場では給与が低く生活が厳しい中で働いている人もいて、「みんなのためだから頑張ろう」と励まされることで、負担を抱えながら努力を続けてしまい、いわゆる「やりがい搾取」のように感じられる場合もあります。やりがいを強調されると、なかなか断りづらい面もあります。だって本来はいいことなのに断ったら悪い人みたいですからね。

仕事は仕事なんだという枠組みのなかで、自分がどれくらい熱を入れるか、それが伝わったらラッキーですが、伝わらなくても、なんだこいつはとは思わないこと。その冷静さが絶対に必要だということを伝えています。従業員に自分の志を共有するのはいいですが、押し付けてはいけません。ワークライフバランスは自分で決められるようにしたいというのが私の理想です。ライフの方を充実させようよと強要されても困るし、仕事を自分の成長につなげようと強要されるのも困ります。自分のことは自分で決められる社会になるといいなと思います。

辻岡 ワークライフバランスでいうと、仕事とプライベートを対極に置いて考えることが人生の見え方を狭くしている気がしています。ワークはキャリア、人生と同じ意味の言葉だから、自分にとってはプライベートも包含している。そういう視点で社会でのありかたが語られるようになるといいなと感じています。

私たちの支援現場でも、どんなふうになっていきたいのか、その結果どう自己実現したいのかを本人に聞きます。いきなり一番の難問を投げかけているなと思いますが、仕事に就くことよりも、続けていくことのほうが絶対難しいと思っているので、始めはどうなりたいということを描きつつ、仕事を続けるなかで思い通りにいかない現実との折り合いをつけていくことで、自分のあり方を現実に落とし込むことができるといいのかなと思っています。

その過程がないと、自己実現した自分の理想像に対して、逆算して自分の人生に足りないものだけを考えるようになってしまいます。それは結局本人にとっても空虚感がありますし、そのようなマインドでいれば、社会は彼(女)らにとってあまり魅力的に映らないだろうという気がしている。だから自分が描いたものを一歩ずつ現実に落とし込むような形が仕組み化するといいなと強く感じているところです。


働き方の多様性と選択の自由

中野 選択という点でいくと、ワークとライフがそんなにはっきり分かれるのかというのはすごく大事なポイントだと思います。働き方、働くことに対する向き合い方の選択可能性をどれくらい担保するかといったような話だと思うのですが、今ってそんなに選べていますか? まず選べるという前提自体が少し偏っている感じもしています。

最近、戸惑う出来事がありました。私が立ち上げて担当していた業務が、私がその役割から離れた後、十分に引き継がれず、運営の形が大きく変わってしまったのです。その際、「あなたはワークライフの一部として取り組んでいたから実現できたことだけれど、他の人には同じようにはできない」といった趣旨のことを言われました。しかし、私がやっていることは全部仕事です。仕事をただ本当に一生懸命やっているというだけです。

仕事は自分の時間を使っているのであって、適当に時間を使いたくないから一生懸命やるのも当たり前で、時間を使うなら人の役に立ちたい。そういうふうに生きていきたいと思っています。仕事だから一生懸命やるのは当たり前なのです。仕事だからこそやっているんです。だからプライベートで自発的にそのサービスを立ち上げるかといったら、やりません。でもそれが理解されないのですね。私がそう言うと、なんで怒ってるの? っと、意外そうな顔をされました。仕事ですよと言っていることに、意外とドライなんですねとか言われて。

── NPOの世界でも一生懸命やっている人ほど、あの人はライフワークで好きでやっているから忙しくてもいいんじゃない? みたいな風潮はありますよね。でもそれは仕事としてやっていて、お金をもらっているからだというそこの冷静さも大事。逆に言うと、お金をもらう対価分はきちっと仕事をするのは当たり前の責任だと思います。

働き方の多様性とともに、個人の働くことへの多様性が表明しにくいし、わかりにくいし、求められていない社会なのかなという感じがします。たとえばひきこもりの方だったらこの程度できたらいいかなといったようなイメージで言われてしまう。でも人それぞれ違うので、もっとやりたい人もいれば、同じワークの量でも疲れる人はいるはずです。ですからワークもライフももう少し個人に紐づけて考えて語られるといいのかなと思います。

野村 先ほどお話をうかがっていて、働くことって結構地域性が出るのかなと思いました。地域によって働くとか、働くことの意味が変わってくるというか、地域が影響を与える部分がある気がします。たとえば、働いていないことは地方だと負い目があったり、風当たりが強かったり。国内の地域差もそうですし、国ごとに働くってどういうふうに捉えられているのか知りたいですね。

中野 マイノリティーへの視線については地域性が出るのかなと思います。うちの子どもが10か月になったタイミングが4月だったので、一歳になってないけれども保育園に入れる決断をしたところ、その保育園で私はすごく働いているお母さんというイメージになっていると感じました。0歳で預けて、出張でしょっちゅういなくなったり、遅くまで働いたりするお母さんというのは珍しかったのかもしれません。子どもが発熱したときに迎えに行き、授業を急に休講にできないので、抱えたまま講義をしたこともありました。そのときに、「さすがキャリアウーマンだね」とかけられた言葉が褒め言葉には感じられないこともありました。

ときどき、働くって悪いことなのかな、たくさん働く=愛情が少ないということではないのになと思います。仕事をいっぱいしているのはダメな人だ、子どもではなく他の人に愛情を流しているという感じにとらえられてしまって辛かったです。だからワークライフバランスという言葉も罪な部分があるのではないでしょうか。100を分けることが前提では両方が100にならないじゃないですか。本当は両方100があっていいはずです。100を分けるという考え自体がもしかしたら息苦しくしている原因かもしれません。新しい別の言葉が欲しいですね。

鼎談の様子

── それでは最後に一言ずつお願いします。

中野 お二人からたくさん刺激をいただきました。辻岡さんのお話からは、人によって働くことはハードルが高いけど、まず目の前のことを続けて頑張ろうと思えたのがすごく励みになりました。それってひきこもりの支援だけではなくてみんなに共通することであるべきだと思います。

野村先生のご研究はアンケートやインタビューに協力してくださる皆さんの協力感がすごくて、社会から求められている研究だなと感じたので、今後結果を追わせていただきます。

野村 辻岡さんのプロジェクトは事業自体にすごく興味が湧きました。できると思って社会に出る、でも挫折して戻ってきてまた社会に出る、そのように行きつ戻りつしながら少しずつ進んでいけるというところが特に興味深かったです。教師になろうと思っている学生たちには絶対に知っておいてほしいところです。

それから働くことのハードルの話はすごく大事だなと思っていました。これは教師ではなくてバンドマンの方ですが、ワークとライフ、バンドってどっち? という話をよくするんですよ。まだワークにはなっていないけど、ライフかというと、「いや、俺のは趣味じゃない」となって位置づけできません。そういうところでモヤモヤしていたので、もう少しレンジを広げて、さまざまな働き方を見つめていくことが大事だと改めて感じました。

また、ひきこもり、外国人など既存の固定観念や偏ったイメージでまなざされてしまうところも、働くというテーマにおいては事実と異なる印象を帯びてしまいがちです。既存の前提をまずしっかり疑っていくことが大事ですね。

中野先生のお話からは、働くということは関係性なんだなと強く思いました。誰かが入った・抜けたことによって働きやすさ・働きにくさがガラッと変わることがあるというお声は、僕たちのインタビューでもたくさん耳にしました。辻岡さんの活動であれば誰がサポーターとしてつくかとか、どのような体制で全体をまとめていくかといったところでもあると思いますが、やはり人間関係はすごく大事な部分で、それが働く環境を規定していると実感できたので、これは今後僕たちのプロジェクトの方でも引き受けて、論点にしていきたいなと思ったところです。

辻岡 お二人のお話は大変勉強になりました。中野先生のお話にあったBCPの策定をしていくという中で、今後国や自治体が制度化するようなこともあるかもしれません。それはいいと思う一方で、そうなると現場の声が聞こえにくくなることもありそうです。ですのでこのタイミングで中野さんたちが現場でどういう声が上がっていて、何がやりづらいポイントかを把握しておくのはすごく重要だと思いました。

野村さんのお話は、私も不登校の子や親御さんの話を聞いていると、学校の先生が全然対応してくれないとよく聞きます。それで学校に行ってみると先生はもう仕事で手一杯で、この上新たな対応はお願いできないということを何度も経験しています。先生本人だけでなく、生徒や親もみんな困っているけれども手がつけられない現状がある。それに対して、実際起きていることの検証をしてくださっているというのが私としてもすごくありがたいですし、今後どうなるか聞きたいなと思いました。「働く」、面白いテーマでした。

── そういっていただけると、財団準備局も嬉しい限りです。皆さんこれからお体に気をつけて、ますますのご活躍を期待しております。財団にとっては助成対象者の方々が宝なので、終わったあとのネットワークも大切にしております。活動に進展があった際などは財団にもご報告もいただければと思います。本日はありがとうございました。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.50掲載(加筆web版)
発行日:2026年1月27日

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