取材・執筆:林 知香(プログラムオフィサー)
「子どもたちがひらく未来の蒲郡」愛知県蒲郡市を訪ねて
- [訪問地]
- 愛知県蒲郡市
- [助成題目]
- 2023年度国内助成プログラム
デジタル技術を活用した若者主体の地域課題解決型プラットフォーム「蒲郡ハッカソン」
2025年11月中旬、2年あまりにわたる助成期間の締めくくりとして、蒲郡ハッカソンチームによる成果報告会開催の知らせを受け、活動地へおじゃましてきました。本プロジェクトは、子どもたちが主体となって地域の課題を取り上げ、プログラミングの力で解決策を模索するだけでなく、地域の人びとがプロジェクトに関わるプロセスそのものを大切にしてきた取り組みです。本訪問はこれまで積み重ねられてきた活動の歩みを現地で確かめ、関係者とともに振り返る機会となりました。
まずは、蒲郡について紹介しましょう。蒲郡市は愛知県東部、渥美半島と知多半島に囲まれた海沿いに位置する人口8万人の都市です。海産物が豊富に水揚げされるだけでなく、温暖な気候を生かして明治期からみかん栽培も行われてきました。景勝地や温泉、複数のレジャー施設を有する観光地でありながら、名古屋まで在来線で1時間弱という距離にあり、住みやすい街としても知られています。会場となった蒲郡商工会議所のホールからは、深く美しい青色の海が窓いっぱいに広がっていました。
地域全体が元気になることを目指す
このように環境に恵まれた一面をもつ蒲郡市ですが、一方では人口減少や少子高齢化が進行しています。プロジェクト代表の津田さんがハッカソンの企画を立ち上げた背景にも、地域のこうした状況がありました。蒲郡市は1985年をピークに人口減少が続き、高齢化率は約3割と、愛知県内でも高い水準にあります。総代・常会や子ども会といった住民自治組織は存在するものの、参加意識は低迷し、市民によるまちづくり分野でも担い手の高齢化が進んでいます。市内在住の中学生を対象に2019年に実施されたアンケート調査では、「蒲郡市のことが好き」「どちらかといえば好き」と答えた割合が9割に上った一方、将来も住み続けたいとした割合は59%にとどまりました。実際に、進学や就職を機に多くの若者が市外へ転出している現状があります。
あるとき津田さんは、「日本の労働人口の約49%が10〜20年以内にAIやロボットで代替可能になる」というニュースを耳にし、強い衝撃を受けたといいます。子どもたちには、変化の激しい時代に適応し、この土地で、素敵な仲間とワクワクするような仕事をして欲しいと願うようになり、もっと将来の選択肢を広げていく経験が必要なのではと考えるようになります。こうして趣旨に賛同した地域の人たちが集まり、2020年9月に特定非営利活動法人MANARU(マナル)が発足しました。

MANARUは蒲郡ハッカソンチームの運営の中心を担い、地域の企業や市民まちづくりセンター、社会福祉協議会、行政などと連携しながら、IT教育の推進と女性活躍を目標に活動しています。小学生から高校生を対象に、今後の社会で不可欠となるプログラミング技術の普及と向上をはかってきました。
MANARUの活動は市内の小学校をめぐってプログラミングを教えることから始まり、現在では夏休みのプログラミングワークショップや、「蒲郡プログラミングコンテスト」の開催など、関心と意欲の高い子どもたちが切磋琢磨できる場も設けています。
一般的なハッカソンは、参加者が一堂に会して数時間から数日間で行われるイベント形式が主流です。しかし、高校生が参加する蒲郡ハッカソンは単発のイベントとは一線を画す半年間にわたるプロジェクトです。単にアイディアを出し合ったり成果を競ったりするのではなく、仲間と協力し、地域の大人たちと対話を重ねながら課題に向き合うことが求められます。課題解決の経験を通して自信を得ることに加え、地域とのつながりを深め、将来の仕事や生き方を思い描くところまでを視野に入れている点が大きな特徴です。
それを支える大人たちメンターにとっても、次世代の地域の担い手を育てる経験は貴重なものです。また、メンター同士が新たなプロジェクトを始めるといった副次的な広がりも生まれています。デジタル技術やコミュニケーション能力の向上を中核に、蒲郡ハッカソンは地域全体が元気になることを目指す「チーム蒲郡」のプロジェクトといえるでしょう。
高校生による成果発表会
今回成果発表を行ったのは、2025年5月から半年間にわたって取り組んできた2期生にあたる高校生10人です。関心分野ごとに3つのグループに分かれて課題解決に取り組んできました。
一つは、「深海魚の認知度向上プロジェクト」です。蒲郡では底引き網漁が盛んで、深海魚が豊富に水揚げされます。しかし、知名度の低さから販売網に乗りにくく、未利用魚として廃棄されることも少なくありません。そこで、漁業関係者へのヒアリングを行い、蒲郡で採れる深海魚の種類や特徴、おいしい食べ方などを調査し、PR用のウェブサイトを制作しました。
もう一つは、「蒲郡みかんのリ・ブランディング」チームです。みかん販売に関わる関係者へのヒアリングを踏まえ、市外の人にも魅力が伝わるよう、贈答用を意識した段ボールパッケージのデザインを2種類制作しました。
さらに、「ミライ世代育成プロジェクト」チームでは、学校部活動の縮小を背景に、中高生の地域でのスポーツ活動参加の機会を広げることに着目しました。地域にどのような活動の場があるのかを可視化し、子どもたち自身が情報にアクセスできる仕組みづくりを進め、市内のスポーツ・文化活動を検索できるウェブサイトを構築しました。ウェブサイトで整理された情報は「東三河オープンデータ」にも登録され、誰でも利用できる形で公開されています。あわせて、蒲郡市内のスポーツ施設Gruun(グルーン)の活用方法を紹介するチラシを制作し、地域における活動の場の選択肢を伝えています。
1期生(2024年5月~11月)の活動では、プログラミングのコーディングに多くの時間を要していましたが、2期生の取り組み時期にはAIを手軽に活用できる環境が整い、議論やヒアリングにより多くの時間を割くことが可能になりました。とはいえ、テストや部活動、通学先の違いなどから、全員が集まる調整は容易ではなかったといいます。そうした制約の中でも、インターネット上の情報に頼るだけでなく、地元関係者への丁寧なヒアリングを重ね、現場の課題感を成果物に反映させることができました。
成果報告会当日は蒲郡プログラミングコンテストの表彰式も同時に開催され、本プロジェクトに参加した小中高生23人が各賞を受賞しました。その中でも、特に優れた作品を制作した小学生はTeck Kids Grand Prixのエリア予選へと進みます。
会場には、蒲郡市長をはじめ、議員、地域企業、中間支援団体、行政、保護者など、多くの大人たちが集い、子どもたちの挑戦を見守っていました。地域の子どもたちを応援するサイクルが形づくられたことも、大きな成果といえるでしょう。式典は格式を保って進行し、緊張した表情の子どもたちを温かいまなざしで見守る大人たちの姿が印象に残りました。
地域の関係性を編み直していく

津田さんによれば、参加する生徒は学校の卒業にあわせて2~3年で入れ替わっていくため、その年ごとに集まる子どもたちの雰囲気や関心の向きは異なるといいます。多感な年頃の子どもたちを支えるには、大人のさりげない関わりが欠かせず、単に毎年同じことを繰り返せばよいわけではない点に運営の難しさがあります。一方でそのことは、同じ枠組みの中であっても、その年ならではの問いや関係性が立ち上がり、新しい出会いや発見が生まれることを意味しています。
今回の成果報告会では、子どもたちが自分たちの言葉で地域の課題や取り組みを語り、それを地域の大人たちが真剣に受け止めている場面に立ち会いました。完成した成果物だけでなく、こうした対話の積み重ねこそが次の担い手を育て、地域との関係性を編み直していく財産になると感じます。蒲郡への深い愛情と、地域の子どもたちをはぐくみたいという思いから始まった蒲郡ハッカソン。このプロジェクトが蒲郡らしい実践として、今後も固定化や型にはまることなく展開されていくことを期待しています。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.51掲載
発行日:2026年4月16日
