先端技術
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私のまなざし
著者 ◉ 赤坂文弥(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間社会拡張研究部門 )
- [プログラム]
- 2022年度特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」
- [助成題目]
- Infrastructuring Living Labs: リビングラボ実践を支えるインフラストラクチャ構築

- [代表者]
- 赤坂文弥(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間社会拡張研究部門 )
共創のためのインフラ構築をめざして

私は「リビングラボ」の研究をしている。といっても、「リビングラボ」が何かを知らない方も多いだろう。リビングラボとは一言でいえば、「生活環境の中で、多様な人々が協働しながら課題解決や価値創出を行うための共創の仕組み」のことである。クローズドな研究室/ラボではなく、実際の都市や地域そのものを共創や実験の場と見立て、市民、企業、行政、研究者が相互に交わりながら、新しいサービスや製品、活動、制度などを生み出していく。ソーシャルイノベーションや社会課題解決を実現するためのアプローチとして、国際的にも注目されているコンセプトである。
リビングラボの本質は「共創」である。共創という言葉自体は、最近ではすっかり一般的になっている。しかしながら、実際に共創を実践することは決して容易ではない。現代社会は、組織、専門、役割が細かく分化しており、それぞれが異なる論理や評価基準のもとで動いている。その境界を越えて、異なる立場の人々がフラットに対話し、同じ方向を向いて何かをつくり出すことは、ある種の「理想」としては語られても、現実の実践においては多くの摩擦や困難さを伴う。
私は、トヨタ財団からの助成をいただき、「Infrastructuring Living Labs: リビングラボ実践を支えるインフラストラクチャ構築」という研究を行っている。これは、日本の社会文化的文脈にあったリビングラボの方法論をつくることをめざす研究プロジェクトである。これまでに、日本各地でリビングラボ的な実践を長期的に行っている人たちへのインタビューを行い、日本の社会文化的文脈の中で効果的かつ継続的にリビングラボを実践するためのヒントを探索、抽出してきた。また、その成果を活用し、リビングラボの立ち上げやマネジメント(管理)のために活用可能な各種ツールも開発してきた。
本研究を通じて見えてきたのは、「リビングラボという場を、〈共創プロジェクト〉と〈共創プラットフォーム〉という二つの層(レイヤー)に分けて捉える」という考え方である。共創プロジェクトとは、何らかの目的に対して様々なステークホルダが共創して取り組む、時限的な活動のことをさす。一方、共創プラットフォームとは、そういったプロジェクトを下支えする仕組みのことをさす。これまでのリビングラボ研究では、国内外を問わず、どうしても個別の「共創プロジェクト」に注目が集まりがちだった。つまり、どんなテーマで、何を行い、どんな成果が出たのか、といった点である。
しかしながら、それ以上に重要なのは、各種プロジェクトを支えている「プラットフォーム」の存在である。物理的な場(例:共創を行うスペース、社会実験ができる場)、人材(例:オーケストレーションできる人、協力してくれる市民)、知識(例:共創のノウハウや手法)など、共創を下支えするための仕組みがなければ、プロジェクトはうまく回らない。つまり、リビングラボとは、単なる共創プロジェクトやその成果物の集合体のことではなく、課題解決や価値創出をしようとしているさまざまな個人や組織が出入りし、出会い、共に試行錯誤を繰り返せる「共創のための基盤・土壌」を社会の中につくる営みに他ならないのである。
こういった、「プラットフォーム」という視点に注目すると、リビングラボや共創研究における問いの立て方自体が変わってくる。つまり、「いかに共創を成功させるか?」という問いから、「さまざまな個人や組織が共創できる環境をいかにして構築し、社会のインフラと根付かせるか?」という問いへの転換である。個別のプロジェクトの成功はもちろん重要である。しかしながら、それだけではなく、異なる人々が出会い、試し、失敗し、学び続けるためのインフラが社会に根付いていることこそが、長期的には大きな社会的価値を持つ。そういったインフラがあることで、先端的な技術(を創っている企業や研究者)と生活現場や都市・地域社会がしっかりと接点をもち、共に未来をつくっていくことにつながる。

これまでの研究で行ってきたこと(リビングラボ実践を支援するツールの開発や、リビングラボ実践者が交流するコミュニティの構築など)は、まさに、共創インフラの構成要素を部分的につくる取り組みだったと位置づけられる。
一方、助成期間も終わりに近づき、よく考えるのは、共創インフラをより広く構築していくために、「研究者としての私は、本質的に何をすべきなのだろうか?」という問いである。その意味で、最近強く感じているのは、「リビングラボや共創の現場で起きていることや、そこで生み出された工夫や知恵を、〈概念〉や〈言葉〉にすること」の重要性である。リビングラボの実践者は日々、試行錯誤を重ねながら、多くの知恵や工夫を生み出している。しかし、それらは往々にして、暗黙知のまま埋もれてしまう。そういった、表舞台には出てこない〈共創の実践知〉を概念として言語化することで、多くの人が参照できる〈知識〉として発信・蓄積することができる。そういった実践知も、共創を効果的に進めるためのインフラの一部になりうるのである。また、このように、ローカルな実践を概念化・知識化することは、実践者自身をエンパワーすることにもつながる。
そういった過程を通じて、さまざまな実践知を紡ぎ、リビングラボ/共創に関する〈知の体系〉をつくり、リビングラボを社会におけるより〈当たり前〉的な存在にしていくことが、研究者としての私が担うべき役割なのかもしれない。決して派手で分かりやすい研究ではないが、そんなことを考えながら、今後も自分らしい研究を進めていきたい。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No. 51掲載
発行日:2026年4月16日
