先端技術
contribution
寄稿
著者 ◉ 大黒健嗣(大黒株式会社)
- [プログラム]
- 2022年度 先端技術と共創する新たな人間社会
- [助成題目]
- 新しい贈与経済圏の構築:ブロックチェーン技術の社会的有用性の検証を通じて

- [代表者]
- 大黒健嗣(大黒株式会社)
贈与は日常のインフラになりうるのか──ブロックチェーン技術とともに試みた「贈与経済2.0」の社会実験
もう一つの経済の可能性を探る
現代社会では、多くの価値が「お金」という尺度によって測られている。しかし、私たちの日常には、本来それだけでは測りきれない価値が数多く存在している。家族への気遣い、人とのつながり、誰かを助ける行為、場を支える見えない仕事。確かに存在しているにもかかわらず、それらは社会の中で十分に可視化されず、評価もされにくい。
こうした問題意識から、私たちは「贈与経済2.0」という考え方をもとに「ハートランドプロジェクト」を立ち上げた。目的は、従来の貨幣経済を否定することではなく、貨幣では扱いきれない価値を記録し、関係性を支えるもう一つの経済の可能性を探ることである。
ただし、ここでいう「贈与」は、従来の贈与経済の概念にみられた「もらったら返さなければならない」という負債感や義務性が伴いやすいものではなく、人とのつながりや行動の価値をもとに気持ちよく、継続的に生きられる社会を目指したものである。
書籍の出版とアプリ開発
その第一歩として行ったのが、共同研究者の荒谷大輔教授が書籍『贈与経済2.0 お金を稼がなくても生きていける世界で暮らす』を執筆、出版。とりくみの学術的背景と実践のための仕組みと方法を定義し、「どのような条件で成立するのか」「現代社会においてどのように位置付けられるのか」といった具体的な点についても熟考を重ねた。出版をきっかけに周知が広がり、多様な主体が共通の土台の上で議論・実践を行うための基盤が形成された。
そして、贈与経済2.0を実際に試行するためのツールとして、「ハートランドアプリ」の開発に取り組んだ。このアプリでは、人と人との間で生まれた感謝や贈与を「ありがとう」の履歴として記録することができる。たとえば、誰かが相談に乗ってくれた、荷物運びを手伝ってくれた、場所を貸してくれた。そうした日常の小さな行為に対して「ハート」を送り、その出来事を残していく。ここで重要なのは、単なる数値評価ではなく、「何が起きたか」という関係性の履歴を可視化する点にある。記録にはブロックチェーン技術を用いており、改ざんされない信頼の基盤として蓄積される仕組みを採用した。現在、アプリ参加者は累計約950名、「ありがとう」のやり取りは約3万回に達している。
もちろん、この数字だけで新しい経済が成立したとは言えない。しかし少なくとも、貨幣以外の価値をベースに人とつながろうとする試みが、継続的な実践として存在し始めていることは示している。
街の中の贈与経済

さらに私たちは、オンライン上の設計だけでなく、街の中で贈与経済を試す実験も行ってきた。
その一つが、高円寺の商店街にある「Café&Bar BlueMoon」での取り組みである。売上目標を手放し、「関係を育てること」を軸に誰でも店主として店に立つことができる運営の仕組みにかえた結果、約30名の運営メンバーと、100名規模の関係人口が継続的に関わるコミュニティがリアルな場に生まれた。無償で手伝う人、場所代を支える人、自らの活動拠点を移してくる人。最初から経済合理性を追うのではなく、関係性を積み重ねた先に、別のかたちの経済が立ち上がっていく現象を目の当たりにした。

もう一つの実践が、高円寺の高架下で行われた「0円のおうち」というイベントである。これは、都市の路上空間に仮設的な「家」を出現させ、「ご自由にお持ち帰りください」を合言葉に中に置かれたものをすべて無償で持ち帰れる空間をつくる社会実験だった。
そこに併設したステージでは、障害の垣根を超えるダンスパーティー、バンド、路上生活者のパフォーマンス、即興演劇、入棺体験など、多様な表現や体験の場を同時多発的に展開した。「0円」という打ち出しもあって、”お得な無料サービス”という認識で集まった多くの人が、場の説明を受け空間を体験する中で、「贈与循環」への意識に少しずつ変化していく様を見ることができた。
ただ受け取るだけではなく、人と話し、関わり、新たなつながりを生み出した結果、イベント終了後にも参加者同士の関係が続き、あたらしい活動へと展開している。
社会の可能性を信じて
こうした3年間の実践を通じて、贈与が単なる思想的な共感にとどまらず、設計と実践によって一定程度「日常化」しうることを示すことができた。また、本プロジェクトを契機として、贈与経済に関心を持つ個人や団体が徐々に可視化され、相互に接続されることで、継続的な関係性を持つコミュニティも形成されてきた。
取り組みの中で見つけた課題もある。それは、「ありがとう」を記録し、関係性の価値を見える化しようとする行為が、不自然な緊張感を生み関係性の質に影響を与える可能性があるということだ。だからこそ私たちは、贈与経済の関係性の質を損なうことなく、実践の広がりをどのように支えていくのかを、今後も継続的に検討していく必要があると考える。
ハートランドは現状、完成されたモデルではなく絶えずアップデートされ続けるべき社会実験であり、思想と技術、そして実践のあいだを往復しながら、検証と調整を重ね続けている。
贈与が、特別な善意や一部の理想主義的な行為ではなく、無意識の日常のインフラとして機能する社会は実現するのか、その答えはまだ出ていないが、少なくともこの価値観の先にある社会の可能性を信じる人が、確かに存在し増えていることを実感している。
私たちはこれからも、その可能性を、思想と技術と実践のあいだで探り続けていきたい。

