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動物園で形作る人と動物の共生の形

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研究助成
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寄稿
White Post Farmのヒツジ
White Post Farmのヒツジ
White Post Farmのヒツジ。小規模な動物園で、在来の希少家畜を多く維持している。

著者 ◉ 山梨裕美(京都市動物園 生き物・学び・研究センター)

[プログラム]
2023年度 研究助成プログラム
[助成題目]
動物園でかたちづくる人と動物の共生の形:動物福祉の評価と実践このリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
山梨裕美(京都市動物園 生き物・学び・研究センター)

動物園で形作る人と動物の共生の形

異種のことをわたしたちはどれだけ理解し、それに配慮できるのだろうか。異種、とはここではヒト(Homo sapiens)以外の生き物全般を指す。あまりに大きな括りなので、くらくらしそうになるが、動物園・水族館で相手にしているのはそんな大きな存在だ。

動物福祉(アニマルウェルフェア)とは、簡単に言うと動物の心身の健康状態を指す言葉だ。近年、動物園・水族館だけでなく畜産など他の分野でも、動物と関わるうえで、動物福祉に配慮することが大切にされるようになった。わたしは、主に飼育下の野生動物を対象に動物福祉を客観的に評価したり、それをもとに実践を考えたりすることについて研究してきた。もともと大学ではチンパンジーやスローロリスなどの霊長類を対象に研究をしていたが、2017年に縁があって京都市動物園で職を得てから、その関わる相手が広がった。いろんな方面からの問いかけをきっかけに、「ゾウですか・・・カメですか・・・魚ですか・・・卵ですか・・・」と、思いもかけない相手のことを考えることもある。広くて深い生き物の世界に触れることはとても面白い。

しかし、興味深さに感じ入りつつも、どのように対処するのがいいのかわからない現実に右往左往することも多い。動物は種差だけでなく、個体差もあるので、よくも悪くも思った通りにいくことばかりではない。また、関わる人の価値観や各施設での環境も実践のあり方に影響する。グローバルな流れがある中で、ローカルにどのようにその形を作っていくのか事例を積み重ねていく必要がある。

ジャガーとワオキツネザル
図1:ジャガーやワオキツネザルなどの動物を対象に、環境の違いが行動にもたらす影響や定量的・定性的な生活の質(QoL: Quality of Life)評価との比較を行っている。

このプロジェクトは、国内外の多様な人とのつながりの中で、動物園・水族館での動物福祉の実践を作っていくことを目的としている。特徴としては、動物の行動調査(図1)に加えて人の考え方についての調査や実践的なワークショップを通してさまざまな価値観を持つ人々の中でどのように実践を位置付けていくのかというところまで問うところにある。動物福祉に関する客観的な評価を行い、それに基づいて、サイエンスコミュニケーションの視点を取り入れた対話を推進することが実践の核だと考えている。

もっとも、こうした対話は時に難しく、すれ違いや葛藤も生まれやすい。だからこそ、このプロジェクトでは対話を支えるためのツール作りを目指しており、その前提として、多様な価値観や立場を理解することもまた欠かせない柱と捉えている。

イギリスでのコラボレーション

図2:ノッティンガムトレント大学での予備調査の様子
図2:ノッティンガムトレント大学での予備調査の様子。

昨年からイギリスのノッティンガムトレント大学の研究者と新たな共同研究を開始した。イギリスは古くから動物福祉の考え方が発展してきた国のひとつで、社会制度なども日本と異なっている。しかし、人の考え方については共通する部分も異なる部分もある。たとえば、2021~2022年に実施した調査では、イギリスと日本の両方で動物福祉への関心が高いことがわかった。しかし一方で、「動物の精神的な側面」に対する態度や、「人の感情を重視するか、それとも動物の特性を重視するか」といった判断基準には違いが見られた(Yamanashi et al., 2025)。この論文はイギリスと日本の専門家の方々と共同で作成したのだが、その過程すべてが勉強になった。頭の中で漠然としていた人や制度が、少しだけ輪郭を帯びて腑に落ちた気がした。

こうした経験に味をしめたこともあり、先日イギリスのノッティンガムトレント大学や近隣のWhite Post Farmという施設を訪問した。共同研究者とともにアンケート調査を行った(図2)。知らない人に声をかけるのは慣れていないので、緊張しながら声をかける。そして、調査の目的を話すのだが、「それは面白いから・大切だからやりましょう」と優しい反応が返ってくることが多い。終わった後に、フィードバックをくれる人もいて、日本でもそんな感じだなあ…とか、新鮮な反応だなあ・・・と両方の感触を得る。これは本格的なデータ収集の前の予備調査なのだが、調査の過程でのやりとりから学ぶことは多かった。

日本でのコラボレーション

日本でもたくさんの方々との共同での取組を行っている。2025年2月に、動物園・水族館の職員を対象として大阪の天王寺動物園でワークショップを実施した(図3:公益社団法人日本動物園水族館協会アニマルウェルフェア研究部主催)。全国から参加者34名と、運営スタッフ等を合わせて計54名が集まった。7つのチームに分かれて、オオカミ・カリフォルニアアシカ・ジャガー・カニクイザル・シシオザル・ヒツジ・クロサイを対象として環境エンリッチメントの計画から設置、行動観察による評価までを実践した。このイベント中の企画及び事後のアンケートで、日常的に感じている動物福祉に関する課題などについて研究メンバーで意見収集を行った。動物分類群による情報量の違いといったものから、時間や予算の不足、組織における意識のばらつきなどさまざまな面での課題があげられた。ここで得られた課題の解決はすぐには難しいものも多いが、少しでも貢献できるように、現在リーフレットの作成を行っている。
環境エンリッチメント:動物福祉の向上を目的に、動物の飼育環境や管理手法を、動物の生態や認知などをもとに改善する取り組み。

図3:ワークショップの様子:環境エンリッチメントの制作風景(左)、オオカミのエンリッチメントへの反応(中央)、意見収集パネルの前で話しているところ(右)
図3:ワークショップの様子:環境エンリッチメントの制作風景(左)、オオカミのエンリッチメントへの反応(中央)、意見収集パネルの前で話しているところ(右)

動物園・水族館は生きた動物がいるからこその教育や保全、研究、レクリエーションといった役割を持っている。その役割を果たしつつも、動物福祉に配慮していく。そのためには、バランス感覚とともに、多くの人たちがそれぞれの形で動物福祉をサポートしていくことが欠かせない。わたしたちが作ろうとしているのは、そのためのサイクルであり、人と人とのコラボレーションの形である。9月にはこのプロジェクトの成果発表を含めた、イギリスやアメリカ、国内から関係者が集まるシンポジウムを企画している。動物福祉に関わる多彩なテーマを肩ひじ張らずに語り合い、うまくいったこともいかなかったことも共有できる場にしたいと考えている。

Yamanashi, Y., Y. Ikkatai, M. Honjo, N. Tokuyama, R. Akami, D. A. Wilson and H. M. Buchanan-Smith (2025). "A comparison of attitudes towards animal welfare between British and Japanese zoo visitors: Where and when do cultural differences diverge?" PLOS ONE 20(4): e0320241.

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