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JOINT35号 WEB特別版「国際助成プログラム 今こそ対話や学びあいが求められている時」

JOINT35号「今こそ対話や学びあいが求められている時」

今こそ対話や学びあいが求められている時

世界的流行がはじまる前
2020年2月初旬。私たちは、シンポジウム「学びあいから共感へ~私たちはいかに社会と対話してきたか」(2020年2月7・8日、共催:東京大学多文化共生・統合人間学プログラム(IHS))の準備の大詰めを迎えていました。プログラムが固まり、会場準備や関係者の動きなどのロジも整い、あとは開催を待つのみとなった実施2日前。香港の登壇者から「日本に渡航すべきかどうか迷っている」との連絡が入りました。

メディアを通じて中国で発生した新型の感染症について聞くことはありましたが、まだその頃は海外ニュースという感覚でした。数日前に横浜に帰港したクルーズ船で感染者が確認され、日本でも注目され始めてはいましたが、クルーズ船以外での国内感染者は極めて限定的だったと思います。

プログラムは分単位で埋まっており、前後の予定も詰まっているため、今から変更はできません。登壇者が欠けるとプログラムに穴が開いてしまいます。しかし情報を集めるにつれ、中国や香港では刻々と状況が深刻化していることがわかり、登壇者の家族や同僚の方々が心配し、渡航を引き留めるのも理解できました。イベントの主催者として、会場では消毒用アルコールの設置、マスクの配布や換気など、できるだけの配慮をすることを説明したところ、自分でも最大限の防衛策を取ることにする、として来日を決めたのでした。

彼女は、はじめこそ医療用の厳重な大型マスクをつけて相当に身構えている様子でしたが、中国や香港とはだいぶ様子が異なる日本の様子に気づくにつれ、「自分だけ目立って恥ずかしい」と、私たちと同じマスクに変え、他の登壇者や参加者との会話を楽しんでいました。

2月に実施したシンポジウムの様子
2月に実施したシンポジウムの様子

シンポジウムは予定通り実施され、そして今では到底考えられないことですが、立食のブッフェ形式のレセプションも行われました。今思えば、2月上旬のこの時期が、我々にとってはリアルでのイベントを行えたギリギリのタイミングでした。

3月下旬頃から、助成対象者から「国際便が飛ばず、フィールドワークが実施できないので活動を延期したい」、「予定していた国際シンポジウムをオンラインイベントに切り替えたい」という連絡が入り始めました。日本でも日ごと感染者数が増加し、3月24日にはオリンピック・パラリンピックの開催延期が決まり、4月7日には東京をはじめとする7都道府県に緊急事態宣言が出されました。トヨタ財団のスタッフが本格的に在宅勤務を始めたのもこの頃でした。

国際助成プログラムは、「アジアの共通課題と相互交流─学びあいから共感へ─」というメインテーマのもと、アジアの共通課題の解決に取り組む複数の国の人々が、互いに交流し学びあうことを通じて共通理解を深め、課題解決の基盤となる関係性を構築したり、新たな視点を獲得して次世代が担う未来の可能性を広げていくことを目的としています。そのためどのプロジェクトにも現地を相互に訪問し、学びあうという活動が入っているのですが、コロナ禍で国際渡航が制限されたことにより、すべてのプロジェクトが影響を受けることになりました。

私たちは、助成中のプロジェクトの状況を把握すべく、5月から6月にかけて助成中の約20プロジェクトの代表者やメンバーの方とオンライン面談を実施しました。お話を伺うと、どのプロジェクトもコロナ禍による影響に頭を悩ませながらも、今できることなどを模索し、何かしようと尽力されていることが伝わってきました。


【助成対象者から寄せられた声】
直接交流ができない中での工夫から見えてきた気づきや学びもありました。助成対象者の方々から寄せられたいくつかの声を紹介します。

● 事業地を訪問すれば、滞在中に自分で直接色々な人を発掘してアプローチできるが、画面越しの場合は現地のコーディネーター/中間人材を通じてアレンジしてもらう必要があり、彼らの役割がますます重要になる。その役割や機能を洗い出し、他の場所でも複製することができれば、人材育成にも役立てられるのではないか。(デザイナーズ イン レジデンス活動)
● 複数国関係者の共同作業でハンドブックを制作するにあたり、当初はまず顔を合わせて内容について打ち合わせ、大筋を合意したうえで執筆にとりかかる予定だった。しかし渡航できなくなったためやむを得ず順番を入れ替え、目次だてや構成などをオンラインで打ち合わせたうえで、まずはそれぞれ執筆を進め、下書きができてから直接顔を合わせて意見交換や学びあいを行うことにした。この順番でも支障はなく、むしろ学びが際立ち、効率がよいのではと思われた。(移住労働に関する国際ハンドブック制作)
● 旅行者に来てもらえない時期だからこそ、自分たちが本当に提供したい価値は何なのか深く考えることができた。新しい試みとして始めたオンラインツアーを通じて、世界各地で同じような志で観光を行っている人たちに出会う機会も生まれた。(コミュニティ ベースド ツーリズム)

トヨタ財団YouTubeチャンネルの開設
10月。例年、この時期にはその年に採択されたプロジェクトの方々を招いて、財団近郊の会場で贈呈式およびワークショップを実施していますが、今年はプロジェクトごとのオンライン面談と、2020年度の助成対象者全体でのオンラインワークショップを実施しました。国際助成プログラムの園田茂人選考委員長による講評に続き、新規に採択された全9つの助成プロジェクトの代表者からプロジェクト紹介がありました。

このワークショップでは、Zoomの同時通訳機能を使ったオンラインでの日英同時通訳を実施しました。前半、通訳音声が聞こえなくなるというハプニングがあったものの(通訳者が持ち込んだヘッドセットをトヨタ財団のPCが認識しないことが原因だったようです)、後半はスムーズで、会場で実施するのと遜色ない通訳音声を配信することができました。今年採択された皆様と直接お会いできなかったのは残念ですが、これまで会場にお集まりいただいていたよりもはるかに多く、海外からもたくさんの方にご参加いただくことができました。

オンラインワークショップでのZoomの様子。右上が園田選考委員長。前面のモニターに本年度の助成対象者の皆さんが映っています。
オンラインワークショップでのZoomの様子。右上が園田選考委員長。前面のモニターに本年度の助成対象者の皆さんが映っています。

国際助成プログラムに限らず、トヨタ財団は助成を行うだけでなく、その内容の深化、知見の共有、世の中への発信などを目的に、冒頭のシンポジウムのようなイベントを、年に数回開催しています。2020年度は、9月から翌年3月にかけて、YouTubeチャンネルでのライブ配信を中心にしたオンラインランチョンセミナー「COVID-19時代における学びあい~人の移動と多文化社会の未来~」を実施しています。この頃には私たちもZoomを使ったミーティングにはだいぶ慣れていましたが、ライブ中継で視聴者と双方向でやり取りするイベントを実施するのは初めてで、どうしたら不具合なく配信できるか、さまざまな方法について検討を繰り返しました。

より安定した配信と視聴者とのコミュニケーションができるよう、登壇者間はZoomでつなぎ、一般参加者はYouTubeで視聴する、というスタイルに落ち着いています。外部の専門家の力も借りながら、90分のライブ終了後にアーカイブ映像を公開するとともに、10分強で要点をまとめたダイジェスト版を制作し、配信しています。トヨタ財団公式YouTubeチャンネルはこちらからご覧いただけます。


オンライン化のメリットとデメリット
冒頭に記した2020年2月の東京大学でのシンポジウムでは、登壇者を海外からも招き、開催当日会場にお越しいただいた方にしか聴講していただくことができませんでした。しかし9月から実施しているオンラインセミナーでは、登壇者もすべてオンラインでの参加となり、リアルタイムで都合がつかない方もYouTubeチャンネルからいつでも録画をご覧いただけるようになりました。日本語のみでのイベントでしたが、海外からの視聴者もいらっしゃいました。この7か月間で、イベントの実施や参加方法も、大きく様変わりしたことを実感しています。

イベントのオンライン化で感じたメリットとデメリットは以下の通りです。

【メリット】
● 国内外問わず、どこからでも参加しやすい。
● 移動時間やコストを削減できる。
●(機材や通信環境などが整っていれば)参加者の顔がアプリで映り表情が見えやすい。
● 原則として会場費がかからない。
● 記録が取りやすく、再現性が高い(録画機能の活用)。

これらのメリットにより、「言語化された情報の伝達」については、オンラインでも対面と遜色なく、むしろ適切な機材やインターネット接続環境があれば、よりやり易い部分があると感じました。
一方で、国際助成プログラムの主眼である「交流や学びあい」の量や質について考えると、以下の点などで、対面と比べてオンラインではやや制限があると感じます。

【デメリット】
● 言語情報が強い力を持つ一方で、言語化されていない情報は、発信しづらく、認識されにくい。
● 意図され、セッティングされた内容以外の偶発的な出会いや発見は生まれにくい(地域を歩いていてばったり出会う人や場面など)。
● 大きな集まりの中で自然発生的に生まれる一対一の会話や交流などは生まれにくい(会場でたまたま隣に座った人との雑談など)。
● オンラインのみの関係だと、忙しいなどの理由ですぐに退出できてしまい、コミットメントが弱くなりがちである。


Withコロナ時代を生きる
新型コロナウイルスの感染拡大は未だ収まりを見せず、私たちの社会活動に大きな影響を与えています。これがいつまで、どのような形で続くのか、未だ出口は見えません。

私たちは同じウイルスの脅威にさらされていますが、コロナ禍と言われるものによる影響や経験は人それぞれで、考え方や身体状況、立場や職業・業種、また国や文化・社会などの属性により大きく異なります。今は人と人との物理的な距離を保つ必要があり、移動や活動が制限されていますが、そのために交流や学びあいがやむことはなく、またやませてはならないと考えます。むしろ、私たちは今回の新型コロナウイルス感染症拡大による事象をどう理解し、何に価値を見出すのか、何を選択し、この経験の先にどのような社会を構築していくのか、これまで以上に異なる経験や立場を持つ人々との対話や学びあいが求められている時なのではないかと考えます。

来年度の国際助成プログラムでは、直接会って交流する以外の学びあいや相互理解の可能性についても探求していきます。ぜひ、コロナ禍における皆さまの経験や学びも教えていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.35掲載
発行日:2021年1月22日

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