公益財団法人トヨタ財団

特集記事WEB拡大版

JOINT31号 WEB特別版「共生社会日本の未来に向けて」

WEB特別版「共生社会日本の未来に向けて」

共生社会日本の未来に向けて─海外ルーツの子ども支援の現場から見えてきた現状と課題

海外にルーツを持つ子どもとは
■ 海外にルーツを持つ子どもとは
国籍に関わらず、両親またはそのどちらか一方が外国出身者である子ども

往復4時間の道のり通う子ども
「海外にルーツを持つ子ども」とは、両親またはそのどちらか一方が外国出身者である子どものことで、外国籍の子どもたちだけでなく、いわゆる「ハーフ」、「ダブル」等と呼ばれる日本国籍(場合によっては二重国籍)の子どもや難民2世や無国籍状態にある子どもたちなどが含まれています。

筆者が運営するYSCグローバル・スクール(以下、YSCGS)は2010年より、こうした海外にルーツを持つ子どもたちを対象として、専門家による教育機会を提供している全国的にも珍しい取り組みです。YSCGSの対象となるのは、海外にルーツを持つ6才から30代で、これまでにおよそ750名、35以上の国と地域にルーツを持つ子どもたちを受け入れてきました。月曜日から金曜日まで年間200日以上開講され、異なるニーズを抱えた子どもたちが朝から晩まで、入れ替わり立ち替わりやってきては日本語を学んだり、学校の勉強のサポートを受けています。

東京都の西側、福生市という小さな自治体に拠点を構えていますが、東京都23区外(市町村部)全域から子どもたちが集まってきます。さらには隣接する埼玉県や神奈川県、千葉県など電車を乗り継いで、往復4時間以上かかる地域から通ってくる子どもたちもおり、彼らに対する支援の不十分さを思い知らされます。

日本語指導が必要な児童生徒数の推移
■ 日本語指導が必要な児童生徒数の推移
※文部科学省「『日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成28年度)』の結果について」より筆者作成

1万人以上の子どもが「無支援状態」に
文部科学省が2年に1度実施している「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」によると、2016年の時点で全国の公立の小、中、高校、中等教育学校、特別支援学校に在籍する日本語がわからない状態の子どもたちは43947人。この10年で約1.7倍に増加しました。

日本語指導が必要な児童生徒の在籍数別に学校を見ると、日本語がわからない子どもが5人以上在籍する学校は全体の4分の1に留まる一方、半数以上が「その学校に、そうした子どもが1人または2人しかいない」という、少数在籍校があることがわかります。こうした学校は、地域自体に外国人住民の少ない「外国人散在地域(がいこくじんさんざいちいき)」にあり、小規模自治体であることも少なくありません。

小さな自治体の中では、たった1人しかいない日本語指導が必要な子どもをサポートするために、日本語を教える人を探すことも、そのための予算を用意することも難しいのが現状です。その結果、日本語指導が必要な子どもたち約44000人の内、25%は学校で何の支援も受けていない「無支援」となっています。日本語がわからない子どもがただ教室に座っているだけ、といった放置状態となってしまうような状況も見受けられます。友だちもできずに孤立し、最終的には学校に通うことを諦めてしまう子どもも目立ち、危機感が募ります。

外国人支援(日本語教育+合理的配慮)×既存の公的および民間の支援・サービス
■ 外国人支援(日本語教育+合理的配慮)×既存の公的および民間の支援・サービス

「相談の先」を担うのは誰か
海外にルーツを持つ子どもに限らず、外国人の支援機会や受け入れ体制整備の状況は地域間、自治体間による格差が大きいことが積年の課題となっています。自治体窓口での多言語対応や相談体制の有無、病院における医療通訳配置や教育、子育て、福祉サポートへのアクセスなど、安心して生活できる体制が整っている自治体はごく限られているのが現状です。

2018年末に開催された臨時国会では、外国人受け入れの体制整備は不十分であり、それは政府が自治体にその対応を「丸投げ」してきたからであるといった批判が噴出しました。まさに、地域による支援機会等の格差はこのことに起因し、拡大し続けてきたものと言えます。

長らく政策不在であった外国人の受け入れ対応は、2019年4月から始まった「外国人材受入れ・共生のための総合対応策」に基づいて、ようやくその一歩を踏み出したところです。その目玉の一つが、全国100箇所の設置を予定し、多言語で外国人の生活の困りごとなどを一元的に受け付ける「多文化共生総合相談ワンストップセンター」事業です。

入国管理庁によると、このセンターは「適切な情報提供を行うとともに、必要に応じて関係機関への取次ぎを多言語で行う」ものと定義されており、(出典:入国管理庁『外国人受入環境整備交付金 Q&A』http://www.moj.go.jp/content/001304717.pdf )日本語力がじゅうぶんでない外国人にとって、まずはこのセンターにさえ問い合わせれば、多言語で対応してくれるという環境の実現は、生活に大きな安心感をもたらすものと言えます。

一方で、現時点で同時に考えておかねばならないのは、この「相談の先」がどうなっているか、それを担うのは誰であるか、ということです。

たとえば「自分の子どもが、日本語がわからず、学校で困っている」というような教育相談を外国人保護者がセンターに寄せたとしても、その「相談の先」である学校や地域で対応できる体制がなければ、問題は先送り、あるいはたらいまわしにされるのではないか、といった懸念が残ります。

このため、相談窓口の拡充と同様の優先度とスピード感を持って、その相談の先となる関係諸機関の対応能力を上げていく必要がありますが、外国人支援のための人材も予算もない地域が少なくないなかで、どのようにそれを実現してゆくかには工夫が必要です。

筆者は、基本的には「外国人を専門に対応する機関創出や人材育成」には人的にも予算的にも限界があると考えています。この前提に立ち、現実的に外国人が活用可能な社会的資源を拡充してゆくのであれば、目指すべきは「既存の支援または社会的サービスが、外国人対応ができるようになる」ことです。主に日本人を対象とした支援やサービスを提供してきた機関や団体の支援者たちに、国際交流協会や外国人支援団体などが培ってきた外国人支援ノウハウを学んでもらうことで、100%ではなくとも、そのすそ野を広げることができるのではないでしょうか。

YSCGS日本語初級クラスの様子
YSCGS日本語初級クラスの様子

新しい共通語“やさしい日本語”活用
そのノウハウの一つとして現在注目されているのが、「やさしい日本語」という考え方です。「やさしい日本語」は、阪神・淡路大震災の際に日本語も英語もじゅうぶんに理解できない人々が、適切な避難行動がとれなかったなどの反省から生まれました。たとえば「高台に避難してください」という一文は、「高台」と「避難」という日常的でない単語を入れ替え、「高いところに逃げてください」とします。

防災に限らず、生活のあらゆる場面で使うことができる「やさしい日本語」は、前述の「日本人を主に対象とした既存の支援」の担い手にとっても、外国人対応の基本スキルとなるものであり、また、もっと身近な地域で共に暮らす人同士の日常の交流手段としても有効です。

もちろん、日本に生活する外国人や海外にルーツを持つ子どもたちの日本語教育機会の拡充の重要性はいうまでもありませんが、日本人側も日本語を母語としない方々が理解しやすい日本語を使うことで、よりスムーズで、相互にストレスの小さいコミュニケーションの実現につながります。「やさしい日本語」は、今後、共生社会の共通語として発展してゆく可能性を大いに秘めています。

多様な仲間と共に学ぶ場には笑顔がたえない
多様な仲間と共に学ぶ場には笑顔がたえない

日本語ができても超えられないもの
一方で、問題は言葉だけにとどまりません。日本語をがんばって習得した子どもや、日本で生まれ育ち日本語しか話せない海外ルーツの子どもたちであっても、肌や瞳の色が異なること、保護者が外国人であることや、名前が日本風でないことなどを理由としたいじめや差別(レイシャル・ハラスメント)を受けることは珍しくありません。

いくら「受け入れ体制」を整え、外国人が日本社会に「適応」できるよう支援したところで、このような「心の壁」が立ちはだかっていては、いつまでも多様な人々が共に生きる共生社会の実現には至りません。外国人受け入れが、日本社会にとって避けられないことであるならば、受け入れ側である私たちにも、彼らと共に生きてゆくための変化が求められています。

「ダイバーシティトイズ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。たとえば女の子が手に取るような人形は、8頭身のスラリとした体形で、肌は白く、瞳が大きくその色は薄いといった、白人女性がモデルとなるものが身近です。しかし、子どもたちがこうした人形から受け取るメッセージは、特定の人種を「美」として提示しており、自らを投影するには無理が生じる場合や、受け取るメッセージに偏りが見られる場合があります。

ダイバーシティトイズでは、たとえば、少しふくよかな体形の人形やアジア人をモデルとした人形、車いすに乗った人形などの他、こげ茶色、赤茶、薄だいだい色といった「肌色」ばかりを集めたクレヨンなど、私たちの身近に、確かに存在する多様性をおもちゃの世界にも反映させた商品が開発されています。これらのおもちゃを通して、子どもたちが自分や周囲の多様性に対する感性を磨き、多様性を当たり前として受容する力を育むことができるのではないかと、その取り組みに注目が集まっています。

次世代に必要な力を、今こそ育みたい
ダイバーシティトイズは時間のかかる、ささやかな試みに見えるかもしれません。しかし、現代の子どもたちが大人になる頃には、多様な人々の存在を受け止められるマインドや、異なる価値観と折り合いコミュニケーションしてゆく力、共生社会であるからこそのマナーや振る舞いなど、今の大人たちとは異なるスキルがより強く求められるようになるでしょう。その力を次世代に育んでゆけるかどうかは、今の大人たちの踏み出す一歩にかかっているのではないでしょうか。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.31掲載
発行日:2019年10月25日

ページトップへ