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2009年度アジア隣人プログラム 選後評
選考委員長 白石 隆
2003年度に研究助成プログラムから枝分かれしたアジア隣人ネットワークプログラムは、本年度、名称を「アジア隣人プログラム」に変更し、またプログラムの枠組みも若干改訂して、新たに公募を実施した。
その主たる変更点は、「信頼と協働に基づくコミュニティ形成を目指して」のテーマの下、対象とする領域を「人と自然」、「人と人―文化、社会システム―」とし、アジアにおける課題解決型のプロジェクトを公募したことにある。また本年度は助成規模を一般(上限額800万円)、小規模(上限額200万円)の2つとし、応募者がプロジェクト規模に応じていずれかを選べるようにした。さらに本プログラムは実践的活動への助成をその目的とし、研究者を主体とする研究的要素の強い提案の場合、同時期に公募を実施する研究助成プログラムへの応募を勧めるなど、プログラム間の差別化に努力した。
本年度の応募件数は313件(2008年度は241件)、昨年度に引き続き応募件数は増加した。特徴としては外国人の応募数(189件)が日本人の応募数(124件)を上回ったことが挙げられる(2008年度は日本人138件、外国人103件)。これは、昨年度に海外からの応募案件で採択に至ったものが少なかった(14件中3件)ことが今年度の課題となった。事務局としては海外における広報活動、精力的な公募説明会の開催等が、具体的な数字のかたちで成果として現れたものと思う。
選考委員会は、厳正な審査の結果、採択候補として23件(一般18件、小規模5件)を理事会に提案する。なお23件中、海外からの案件は10件に達する。
選考を終えての印象として、課題解決に向けた実践型提案を積極的に募集したこともあり、地に足のついた具体性のある応募が増加したように思う。その一方、選考委員のなかには、おもしろい提案、独創的な提案が減った、との声もあった。これは、2009年度アジア隣人プログラムの見直しに際し、(1)プログラムの趣旨の明確化、(2)助成領域の設定の結果、応募者としてもあまり冒険できなくなったためかもしれない。基本的には本プログラムの現在の方向を維持しつつ、もっと面白い提案、独創的な提案をどう発掘していくかは重要な課題であり、選考委員会としては次年度に向け事務局がこの課題に精力的に取り組んでいくことを期待したい。
なお応募案件の中には、テーマ的に自己完結的で、成果の広がり、将来的な発展性に欠ける提案が散見された。特に「人と自然」の領域では、生態系の中での持続性は考慮されていても、そのまなざしがあまりにその土地に限定され、たとえば市場の役割といったごくあたりまえの視点すら欠如した提案も少なくなかった。その意味で、次年度は、伸びやかで想像力の豊かな、長期の持続性を見すえた提案がもっと多く寄せられるよう期待する。
以下、本年度の採択案件の中から、領域ごとに1件、紹介することとする。
- 1.人と自然
- シャイック・タンビル・ホシャイン:合鴨農法を取り入れた住民参加手法を通してのバングラデシュの地域の生活改善(一般助成枠:400万円/2年間)
- 本年度、海外からの助成申請が増えた一つの理由は、海外における広報活動にある。これは特にこれまで財団の知名度の低かった南アジアについて言えることで、この地域での精力的な広報活動もあって、南アジアから多くの応募が行われた。そのうちの1件がこのバングラデシュからの提案である。バングラデシュでは農薬、化学肥料の購入によって農家の家計が圧迫されるということがよく起る。これに対する取り組みとして、合鴨を用いた稲作の有機栽培を提唱する、というのが趣旨である。非常に地味な取り組みであるが、課題は重要であり、実現可能性も大きい。また、その成果は他の地域においても適用可能の高さも評価できる。
- 2.文化
- 綾部真雄:「「銀の蝶」プロジェクト ――タイ山地民リスによる土着の叡智を通じた「麻薬禍克服ネットワーク」の構築」(小規模助成枠:200万円/2年間)
- 本案件は、麻薬禍の犠牲となっているタイの山地少数民族、リス族の少年少女へ、伝統音楽・伝統舞踊を通じて先祖伝来の叡智を教え、元来の明朗さ、人としての尊厳を取り戻してもらおうという試行的プロジェクトである。
小規模枠プロジェクトとして採択候補になった本案件の代表者は人類学者の綾部氏で、彼は2007年度のアジア隣人ネットワークプログラム助成案件「タイ山地民メタ組織 「あかつき広場」 ネットワークの構築」(代表:大澤清二)のプロジェクト・メンバーであり、この活動を通じて今回のプロジェクト・メンバーと知り合うことになったという。近年、人類学の研究に限らず、多くの社会科学・地域研究の領域で、研究者が自閉症的に、みずからのディシプリンの中に立てこもる傾向が認められる。しかし、これは学問の自殺である。多くの研究者が、さまざまなかたちで社会との接点を持ち、本案件のように課題発見、課題解決型の研究と社会活動をもっと精力的に行うことを期待したい。
- 3.社会システム
- ジャックリン・ポロック:労働移民に関するメコン流域の語彙 ――メコン地域での安全な移住に向けた地域ネットワーク構築と共通理解の促進(一般助成枠:800万円/2年間)
- 本プロジェクトは、大メコン地域の移民労働者が直面するさまざまな課題に対処する上で、移民法制、労働法制、資格等の標準化が鍵であるとの観点から、各国の移民労働に関する用語の標準化、移民法の英訳などを行う。大陸部東南アジアでは国境を超えた人の移動が大きな趨勢となっており、合法、非合法の移民労働者の問題はすでに大きな問題となっている。こうした焦眉の課題に対し、法制度と言語というきわめて戦略的観点からアプローチする本プロジェクトにより、長期的に具体的成果が期待できる。
最後に、本年度、タイトルから外した「ネットワーク」について少しふれておきたい。企画書にも明記しているように、選考委員会は、ネットワークの重要性を前提として選考を行った。その意味で、ネットワークの重要性は選考委員会としてもよく理解している。しかし、昨年度までの経験から、ネットワーク形成が自己目的化してしまうのは望ましくない。ネットワーク形成はあくまでなんらかの具体的な課題解決のための手段である。そういう観点から「ネットワーク」の語をタイトルから外すこととした。
アジア隣人プログラムは、2003年度にアジア隣人ネットワークプログラムとして開始して以来、そのかたちを模索しながら今日に至っている。これからはじっくり腰をすえて地道にプログラムを運営し、アジア各地で人々が直面するさまざまな課題の発見と解決のために貢献できる助成活動を実施していくことを心から期待する。




